小説

『おはなしおねえさん』山本大文(『ねずみの嫁入り』)

「小説家の先生は、女優さんや監督さんよりも偉いんですよね」
「監督さんから吹き込まれたのね」小説家さんは苦笑して、腕組みした。「私が作ったお話だから、ちょっと口出しさせてもらうことがあるだけよ。威張ったりしてないわ」
「どうすれば小説家になれるんですか」
「たくさん本を読んで、たくさん映画を観て、自分もいろんなお話を作りたいと強く願っていれば、なれると思うわよ。後はあなたの努力次第。でも私の場合はね、とても素敵な体験があったから、小説家になれたの」
「何ですか、それは」
「子供のときに、近所の図書館で、ボランティアのおねえさんやおばさんたちが、絵本や昔話、怖い話などの読み聞かせをしてくれたの。私、それが大好きでね、何回もそのお話を聞くうちに、いろんな物語を覚えたし、自分でもいつかお話を書いてみたいと思うようになったの。今の私が小説家でいられるのは、そのときに蓄えた引き出しのお陰だと思ってるわ。だから、私にとって永遠に頭が上がらない存在ね」
 ワカバは、地面がぐらぐらと揺れてるような気分だった。
 小説家さんの背後にある、ビルの壁を見上げる。よく見ると、ところどころタイルがはがれて、穴が空いたみたいになっている。
女子の多くが、モデルさんにあこがれている。
 そのモデルさんの多くは、女優さんになりたがってる。
 でも、女優さんは監督さんからいろいろ指図されなきゃいけない。
 監督さんは原作を書いた小説家さんに頭が上がらない。
そして、小説家さんは、おはなしおねえさんのお陰でなれたという。
 見上げると、雲の切れ間から、幾筋もの太陽の光がさしていた。天使の梯子だ。
「読み聞かせって、すばらしいわよね」と小説家さんはさらに言った。「小説を書いても、読者が読んでるところを見るチャンスなんて、めったにないの。でも、読み聞かせは、子供たちが、わくわくしたり、笑ったり、怖がったりするところを間近で見ることができるでしょ。しかも、子供たちに無限の想像力を与えてあげられる。素敵なことだと思わない?私、本当は仕事を減らして、やりたいのよね、読み聞かせを」
 ワカバは「ありがとうございました」という大声と共に頭を下げ、きびすを返した。
走って、走って、走った。息が切れても、走った。走りまくりたかった。
 私はやっばり、おはなしおねえさんになる! きっときっとなる!

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