小説

『おはなしおねえさん』山本大文(『ねずみの嫁入り』)

 みどり公園は、芝生広場が真ん中にあって、その周りがたくさんの木々に囲まれた遊歩道になっている。芝生広場の奥の方には、ブランコや滑り台つきのツキヤマなどがある。この日の空は、雲があちこちを泳いでいたけれど、太陽にはかかっておらず、芝生の緑がまぶしいくらいだった。
 しばらく歩くうちに、遊歩道の途中で大人の人たちが集まって何かをしているところに出くわした。大きなカメラを持っている、ひげ面の男の人、銀色の大きな板を持っている人、白いワンピースを着た、長い茶色の髪の細い女の人などなど。
 ファッション雑誌か何かの撮影をしてるらしいと判った。そういえばこの公園では、たまにそれらしき人たちがいる。今までは興味を持ったことがなくて、素通りしていたけれど、モデルが女子たちのあこがれの仕事だと知ったせいで、ワカバは興味を覚えた。
 モデルになれば、今日からかってきた男子たちを見返してやることもできる。いつか、大人になって同窓会で出会ったときに、こう言ってやったら、さぞかしいい気分だろう。
――ええ、今はモデルをやってるの。ううん、そんなにたいしたことじゃないわよ。ところであなたは、将来の夢で、プロのサッカー選手になりたいって書いてたような気がするんだけど。あら、ごめんなさい、知らなくて。でもいいじゃないの、普通の会社員でも。立派なものだと思うわよ、何て会社? あー、知らないわね、ごめんなさいね。
想像するうちに、何だかモデルになりたいという気分になってきた。
 ワカバは、遊歩道の隅の方をゆっくりと通りながら、写真を撮られているモデルさんを観察した。さすがに細くて手足が長くて、ポーズの取り方もうまいと思ったけれど、びっくりするぐらいの美人というわけでもない。口が割と大きいし、つけまつ毛とかマスカラとかで目を大きく見せている。化粧や髪型でごまかしてるっぽい。
「はい、じゃあ移動しますね」と、カメラマンの助手っぽい男の人が言い、モデルさんが「はーい」と答えた。でもすぐに歩き出す様子はなく、モデルさんはひじ掛けつきの折りたたみ椅子に腰を下ろして、日傘をさした。すると、メーク担当の女性らしき人が、黒くて四角いカバンを持って来て、その前にかがみ込み、はけみたいなのでモデルさんの顔をさっさっと拭き始めた。モデルさんはこうやっていちいち、化粧をやり直すものらしい。
「ランドセルのお嬢ちゃん、モデルに興味があるの?」
 野太い声で言われてワカバはぎょっとなった。ひげ面のカメラマンが笑って、こっちを見ている。
返事をしないでいると、カメラマンは勝手に「未来のモデルさんがここにいるよ」とみんなに言った。何人かが笑って、手を振ってきた。
 何となくからかわれてるような雰囲気にむっとなったワカバは、そのカメラマンに近づいて「どうすればモデルさんになれるんですか」と睨むようにして聞いてみた。
 カメラマンはちょっと苦笑してから「本人に聞いてみたらどう?」とあごをしゃくり、「ナナちゃん、どうすればモデルになれるか、教えてあげて」と、モデルさんに向かって言った。ナナちゃんと呼ばれたモデルさんは「私でよければ」と笑っている。
 ワカバは座っているモデルさんのところに近づいた。メイクさんが笑いながら見返して、その場から離れてゆく。

1 2 3 4 5 6