小説

『御心ざしのほどは見ゆべし』安間けい(『竹取物語』)

 芙美はいささかめんどくさいことになったな、と竹取物語になぞらえたことを後悔した。テスト前の息抜きのためのかっこうのネタを与えてしまった。皆帰り道で尾ひれ葉ひれをつけて盛り上がっていることだろう。
 交差点の手前にある古い和菓子屋の前にある自動販売機で、ジローはリンゴジュースを2つ買って1つを芙美に渡した。
「ありがと。」
 なぜたまたま同じバスから降りて信号待ちをしているだけの自分にジュースを買い与えてくれるのだろう。そう思ったが断るよりも礼を言った方が対人関係の技術としては正解だと考えた。偽物のペンダントをくれたわけではないのだから。
「デマが流れるなんて竹本さんも大変だな、と思って。」
 芙美の疑問が顔に出ていたのか、ジローは目をいっそう細めた。
 なるほど、慰労としてか。気を使ってもらって悪い気はしない。相手の対人スキルの高さを評価しながら芙美はジュースの蓋をひねって開けた。信号が青になり、一口飲んで蓋を閉めて歩き出す。
 大きな川に架かった橋の上を並んで歩いていく。橋の真ん中くらいまで行ったところで、芙美が立ち止まった。急だったので、2、3歩行ったところでジローが後ろを振り返った。
「どうした?」
 芙美は前を向いているが、ジローとしっかり目が合っているわけではない。ジローの背後に焦点が合っているような視線だ。
「ジローくん。自分とお父さんや、お母さんが本当の親子じゃないって思ったことない?」
「え?」
 ジローは急な質問に目を丸くした。
 芙美はその顔を見て我に返り、顔が赤くなる。なんてことを言ってしまったんだろう。名前も憶えていなかったような男子にこの話をするなんて。どういうことかと詳しく訊かれても話すつもりなどないのに。変な奴だと思わせるだけだ。そう思って芙美の表情が歪む。
「あるある、あるよ!」
 ジローは目を大きく開けて興奮しながら答えた。想定した反応と違うので拍子抜けしたのと、話が気になるのとで芙美は表情を作れずにただ瞬きを何度もした。
「9月のお祭りの晩!えーと、たぶん10歳くらい?家族みんなでさ、ぞろぞろ家まで帰るとき、お兄ちゃんが言ったんだよね。『ジローが家に来たのもこの祭りの日だったなぁ』って。」
 9月の祭り、とはこの地域で比較的大きな収穫祭である。今歩いていた交差点を中心に川縁2キロ以上にわたって夜店が並ぶ。この地域の人々にとっては年に一度の大イベントである。子どもたちも、昼間は友達と夜は家族と一日に何度も祭りに出かけるのだ。
「俺の誕生日2月なの。『何言ってんだよ』って言いかけたら、『お前さあ、この橋の下に捨てられてたんだよ。腹が減ってたみたいでさぁ。それでかわいそうだから買った焼き鳥を1本あげたんだよ。そうしたらついてきちゃったんだ。』って言われたんだ。『そんなのウソだ』って俺は言って父ちゃんや母ちゃんの方を泣きながら見たんだけど、父ちゃんも母ちゃんも祭りで酒を飲んでいるせいか『そうだそうだ』ってうなづくだけだった。」
 悔しそうにジローが横を向いた。芙美は少しほっとした。ジローの兄の冗談らしい。

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