小説

『芋虫から生まれた少女』志田健治(『桃太郎』)

 午前10時にキャンプ場に到着してから、菅原と武井はずっと飲んでいるのだった。侑も付き合ったが、彼らの飲酒スピードに合わせれば、並の人間なら三時間でつぶれてしまう。二度彼らのキャンプに同行した侑は既に学習済みだった。テントを立てた直後に乾杯ビールを一本飲んだが、それ以降は飲んでいなかった。そろそろ良い頃合いだった。子どもたちの燃えさかる遊び心は、寝袋の中でほど良いとろ火になった。同時に大人たちは夜の訪れと共にお互いの心に炎を灯した。事実、菅原と武井が組み上げ薪からは、とろりとした熾き火がバターのようにこぼれていた。
「お待たせいたしました」侑は言う。
「よし、それじゃ乾杯しようよ」武井がクーラーボックスを開ける。「ビールでいい?」
「はい、ビールで」侑は缶ビールを受け取り、プシュと開ける。
 三人は、今までに何度も繰り返したであろう「乾杯」という号令を、腹の底から響かせる。割に良いテノールが不協和音を奏でる。
 武井はテキーラソーダ。菅原はハイボール。本当に旨そうに飲む。彼らは煙草もやらない。止めたと言う。
「酒まで止めたら生きててもしょうがないもんね」と聞いてもいないのに武井は言う。
「でも本当に火ってきれいですよね」菅原が言う。「こうやってみんなで集まって、キャンプして、一緒に火を見ながらぼーっとするって、俺最高の贅沢だと思うんすよね」
「また始まったよ」武井が言う。
 確かに何度も聞いた台詞だ。以前の二度のキャンプでも菅原は火を見ると、壊れたレコードプレーヤーのように同じ事を繰り返した。
「でも俺思うんすよね」菅原が言う。「こうやってみんなで集まって、どこで会ったか知らない者同士が火を囲んで、ぼーっと火を眺めるって俺最高の贅沢だと思うんすよね」
「だから、もうわかったよ!」武井が言う。「ああ、またスイッチ入っちゃったよ」
 侑と武井は「やれやれ」と顔を見合わす。
「まだ食いますよね」菅原が言う。「子どもたちもいないことですし、豪快に行っちゃいましょうよ!」
 菅原は金串に刺した肉を直火であぶる。
「それじゃ焦げるだけだよ」と武井が言うと、
「だって、豪快じゃないすか。へへへ」と笑う。
 侑は二本目の缶ビールを開けた。

 二十二時を過ぎると急に冷え込んできた。炭も薪も心細くなり、明日の朝の分を考えるとこれ以上の消費はできなかった。だから眠ることにした。他のキャンプ客も既に消灯している。それに、自分たちほどは酒を飲んでいないようだった。

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