でも、かぐやはわたし達の意見に耳を貸すことなく、校門前で待ち伏せしていた王子様を、三日間無視を続け、四日目にしてようやく告白の言葉だけは聞いてあげたものの、「無理です」とたった三秒で振ってしまったのだった。それでも王子様は未練がましく「連絡先だけでも教えてくれないか」と我が校へ通い続けた。そんなある日、かぐやは何を思ったのか、王子様に向かって「全国大会で優勝できたらメアドくらい教えてあげます」と言ったのだ。それはもうにっこりと、友人のわたしでも見とれてしまうような笑みを浮かべながら。後から聞いたところによれば、毎日のように女子高に遊びに来る暇があるなら、その分サッカーの練習をしろ、と言う皮肉だったらしいのだけれど、王子様には効果覿面だった。噂話によれば、その日以来、王子様は熱心に部活動に励んだそうだ。しかしながら、結果は残念なものだった。そもそも強豪校でも何でもない学校が優勝など夢のまた夢。王子様の学校は全国大会どころか、地区大会の二回戦で無残にも散ったのだった。
帝相手には多少譲歩してみせた姫君と違って、かぐやは王子様にも遠慮がなかった。その後一度だけ我が校に現れた王子様だったが、かぐやが容赦なく「ストーカー!」と叫んで追い払うと、流石に二度と姿を見せなくなった。
あれはいつのことだったろう。そう遅い時間でもないのに辺りが暗かったから、秋から冬にかけて、二年生の十月か十一月くらいのことだったと思う。二人きりの帰り道、その日もかぐやは、学ラン姿の見知らぬ男の子に呼び止められ、愛の告白を受けていた。顔を真っ赤にしながら「好きです」と思いをぶつけてきた彼は、まぁまぁかっこよかった気がしたものの、かぐやはいつものように「迷惑です」と端的に断った。すると彼は諦めきれなかったのか「付き合うとかじゃなくて、友達でも駄目ですか」と追いすがった。メール番号の書かれたメモを差し出す手は、わずかに震えていた。てっきり、無視してその場を立ち去るものと思っていたのに、意外にもかぐやはそうしなかった。傍らにいたわたしをちらりと見てから、透明なリップを塗った艶やかな唇を開いた。
「あなた、理系? 文系?」
突然の質問に、彼は狼狽えたようにまばたきをした後、「え? 理系だけど」と答えた。
「じゃあ東大の理Ⅲに受かったらこれ受け取ってあげるわ」
それだけ言うと、かぐやはわたしの手首を掴んで歩き出した。ぽかんと口を開いたまま立ち尽くす彼を振り返りつつ、「知り合い?」と聞くと、「同じ塾の顔見知り」とかぐやは答えた。顔見知り、とは言っても、言葉を交わしたこともなければ名前も知らない程度の相手。当然ながら、彼の希望の大学も希望の学部もわからない。そんな相手にあんな要求を突き付けるとは、本物にかぐや姫みたいだった。