突然ジャックは自分の考えにとりつかれた様に部屋の中に落ちていた木の棒を手に取ると振り回し始めた。ピーターを狙い打とうとやみくもに棒を振り回す。
「おい!やめろったら!」
ピーターは部屋の中を逃げ惑ってジャックの攻撃をかわす。
「わかったわかった!じゃあこうしよう、ジャック」
ピーターはジャックの攻撃が届かないよう大きな木の椅子、その背もたれに身を隠しながら狂暴な少年へと声をかける。
「君がピーターパンになればいい。どうだい?君が僕に代わってピーターパンになるんだ。君の言う勇敢で愉快で冒険好きのピーターパンに」
ピーターの提案にジャックはハッと一度身を固くした。まるで無意識のように木の棒をそのまま床に投げ捨てる。
「何だって?僕がピーターパンに?でもじゃあ、君はどうするの?」
「それはその、君の代わりに僕がネバーランドから降りていく。君の代わりをするよ。入れ替わるんだ」
「そんな…。そんなことができるの?」
ジャックは囁くように呟いてピーターに耳を寄せるように首を突き出した。
「ああ、できるともジャック!さあ、これを取って!」
そう言ってピーターがジャックに差し出したのはピーターが首から下げていた金色の笛だった。
「でも…」
ジャックは金色の笛に伸ばしかけた腕を空中で静止させた。戸惑ったようにその手がふらふらと降ろされる。
「何をためらうことがあるんだい、ジャック。君もここに来て楽しかったろう?ずっとここにいたいとは思わないかい?ここから戻りたくはないだろう?」
ピーターはできる限り腕を伸ばし金色のその笛をジャックの目前に突き出す。
ジャックは今や泣き出しそうに俯いてしまった。そして小さな呟きが零れ落ちる。
「でも、僕は帰らなくちゃならないと思う」
その小さく消え入りそうな声をそれでも確かに聞き取ったピーターは目を見開いて飛び上がった。宙を一跳びするとジャックの肩に掴みかかり、その俯いた顔を覗き込む。
「どうして、どうして帰るなんていうんだ。だって向こうに君は帰りたい理由なんてないだろう?ジャック、ここでは永遠に子どもでいられるんだ。ずっと冒険の日々さ。なあ、ここは良いだろうジャック」
ジャックはピーターから目をそらして呟いた。
「でも、タイラーおばさんがきっと心配してる」
「そんな…」
「それに、そうだよ!僕帰ってタイラーおばさんにこの話をしなくちゃ!ピーターパンに会ったって、そう言おう。きっと喜ぶぞ。何てったっておばさんはピーターパンの大ファンだもの」
ジャックは自分のその考えを語るうち、なんと素敵な思い付きだろうと言うようにだんだんと声を高くし目を輝かせた。
「待てよ、ジャック」
ピーターは慌てたように小さな少年の肩を揺さぶる。まるで目を覚まさせようとするかのように肩に手を置いて揺さぶるがその仕草がジャックの決意に影響を及ぼしたようには見えない。
「そうと決めたらすぐにでもおばさんに話したくなっちゃった。さあ、急いで帰らなくちゃ」
今度の声はさっきよりもはっきりと意志を持った声だった。
「それを言うな!」
ピーターが慌ててジャックの口をふさいだがもう遅い。魔法が解けてしまう。三度その言葉を口にした者はもうここへはいられない。