小説

『菊見の頭巾』平井玉(『聞き耳頭巾』)

 一週間たったころ、澪はまた公園で隆弘君に会った。
「あ、澪ちゃん。よかった」
隆弘君は澪に会いたくて公園に何度も来たらしい。ギブスは相変わらずだけど、しゃきっとしていたので澪も嬉しくなった。
「カラス天狗って、知ってる?」
「天狗って、あの天狗?」
澪はじいちゃんの部屋に飾ってある高尾山土産のお面を思い出した。
「この間、夜、うちにカラス天狗が来たんだよ」
家族みんなが寝ていた時、四人の覆面の男が音も無く入ってきて全員縛り上げられたらしい。
「一人、桃太郎侍みたいに着物をかぶってくるくる回ってた。でも、お面が天狗だった」
天狗は「カラス天狗であるぞ」と名乗り、両親が隆弘君にしたことを細かくあげつらい、プラスチックのバットで両親のお尻を思い切り殴ったという。そして、またやったらすぐわかるぞ、二度とするな、と言って帰っていったという。
「天狗の声を聞いたらさ、澪ちゃんのお爺ちゃんじゃないかなあって思って」
「え」
「それにさ、うち防犯対策ちゃんとしてるのに、泥棒が入った跡が全然ないんだ。何も盗られなかったけどお父さんもお母さんも怖がっちゃって、それからはぼくのこと怒らなくなったよ。なんかかさぶたみたいに扱われてるけど、怒られないのはいい」
「かさぶたじゃなくて、腫れ物でしょ」
「よくわかんないけど、澪ちゃんのおかげなのかなと思って。ありがとう」
隆弘君はスキップしながら帰って行った。男子がスキップしているのを久しぶりに見たなあ、と澪はぼんやり思った。
 それからしばらく、じいちゃんの桃太郎侍ブームがおさまるまで、澪はカラスから家や学校でいじめられている子どもや女の人の話を聞きまくった。じいちゃんが病気になると、澪はじいちゃんの裏の仕事を助ける「助さん、格さんチーム」を紹介してもらって、その仕事を引きついだ。いつのまにかNPO法人を立ち上げ、女性の駆け込み寺を作り、なんやかんやで全国を駆け回っている。最近は、新型の毒性の高いインフルエンザが上陸したことを、何とか自然に厚生労働省に情報が流れるよう裏工作をしていた。これはちょっとしたボランティア活動。
「あれ、なんか何もしないで暮らしたかったのになあ」
ある日ぐったりして公園でつぶやくと、三代目のカラスがなぐさめてくれた。
「まあおまえ、その頭巾を持った人間の中では結構いいことしてる方だと思うよ」
「そうかあ」
まあ、それならめでたしめでたしだ、と澪はまた赤いベレー帽をかぶり直した。今の仕事に飽きたら、探偵事務所を開くつもりだ。
「浮気調査も猫探しもどんとこいこい」
結局、澪は呑気者なのであった。

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