小説

『蟻と蟻』行李陽(『鶴の恩返し』)

「……」
 青年は無言で、鶴に掛かった罠を解いてやった。
 家まで目前という距離だ。
 雲に隠れていた日も沈み、辺りは暗さを増している。
「ほら。これでもうだいじょうぶだ」
 鶴の背をぽんぽんと叩くと、鶴は妙にゆっくりな動作で、どこぞへ歩き始めた。
 笠に積もった雪を払い落として、青年も鶴に負けぬほど重い足取りで家へと帰った。

 それから外を出歩くたびに、青年は罠にかかった鶴を助けた。
 
 いつになく吹雪き、雪が降り積もるある夜。
 薄い木綿の着物から綿入りの着物まで、とにかく重ねて着込み、ぶるぶると震えながら火鉢に手をかざしていると、扉をトントンと慎ましく叩く音が聞こえてきた。
 いったい誰がやってきたものかと考えるが、青年には全く心当たりがない。
 雪女なるモノノケかとも思ったが、話し相手もなく一夜を過ごす羽目になるのなら、それもありかと青年は思った。
「どなたですか」
「ごめんください。旅のものですが」
 女性の美しい声だった。
 これを聞いた青年は、相手が雪女だと決めてかかった。しかしまあ、これ以上冷たくなるまいと苦笑いを浮べる。
「どうかなされましたか」
「賊に里を襲われ、別の里へと逃げていたのですが、吹雪に遭い、困っています。一晩の宿をお貸しいただけませんか?」
「構いませんよ。大変でしたでしょう? じつはわたしも一人で、ちょうど話し相手が欲しかったものですから。狭いところですが」
 青年は扉を開いた。
「どうぞお構いな、くごゆっく、り……」
 青年は絶句した。
外では吹雪の中、見るも美しい娘が佇んでいた。
十人もの、さまざまな外見の、娘たちが。

青年の家は、けっして狭くない、立派なものだ。
しかし十人もの人間を迎えれば、窮屈になる。
「いや、狭いところで申し訳ない」
 青年はすっかり肝を抜かしていた。なんせ、女性と話したこともないような、初心な男なのだ。それが十人にも囲まれれば、気もおかしくなる。
「そんな、立派な家じゃありませんか」
「ちょっと、そこの位置変わってはいただけませんか?」
「私もそっちがいいー!」
 我先にと青年の隣に座ろうとする娘たち。
「……膝の上」
 青年があわあわしていると、一人の小柄な娘が、青年の膝の上にひょっこりと座った。
 満足そうに笑う。
「「……!」」
 周囲からは、悔しそうな視線が。
 青年は頭を掻いた。
「いや、ほんとう、狭いところで申し訳ない」
 冷や汗を垂らしながら、青年は何度もそう繰り返した。

 それから何日もの間、吹雪は収まらず、その間娘たちは青年の身の回りの生活を、甲斐甲斐しく手伝った。食事はそれぞれが持っていたものと、備蓄していたもので、なんとかもった。
「食べ物の買出しに行かないとな」
 青年が町に出掛ける際、娘たちは糸を買ってきてくれるよう頼んだ。
 青年は承諾した。
 糸を買ってきたその夜、
「決して、中は覗かないで下さい」
 娘たちはそう言って、部屋に篭った。
 青年は了承した。疲労もあり、早々に眠りに落ちた。

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