―――孝がいつもより柔らかな、優しい表情(かお)と声で言葉を紡ぐのを、信じられない気持ちで聞いていた。
『雰囲気というか、直感というか、なんでかわかるんだ。他の狐や狸や妖怪は知らないが―――イチのことだけは、わかるんだ』
『どれだけ変化(へんげ)が完璧でも、イチのことだけはわかる自信があるよ』
・・・・・・ずるい。イチは孝の言葉を聞いて思わず俯いた。今、絶対、顔が赤くなっている自信がある。
(ずるい、よ。孝は、ずるい)
お礼がしたかったのに。嬉しかったから、孝が喜んでくれることがしたかったのに。いちのほうが幸せになっているじゃないか。
(『なんでかなあ』って? 知らないよ、そんなの。いちだって聞きたいよ)
こっそり目に浮かんだ涙を拭って、「なんでだろうね」と泣いているのがばれないように小さな声でいった。
それなのに、「泣くほど嬉しかったのか?」なんて笑いながら聞いてくるから、ああ、もう!
(ずるいよなあ、人間は。これで無意識っていうんだからさ)
(こんなに喜ばせて。こんなにドキドキさせて。こんなにいちを驚かせて!)
(悔しいから、絶対に口に出しては言わないけど)
イチはぷくーっと頬を膨らませて、隣で楽しそうに歩く孝を笠の影から盗み見た。
(―――狐なんかより、よっぽど化かすの上手いじゃんか!)
“町に着く頃までには、この顔の熱が引いていますように”とイチは思った。