小説

『笠地蔵(?)の恩返しっ!』城山秋月(『笠地蔵』)

 これまでの経験からイチは知っている。庄太郎が「どうする?」と訊く時は大抵すでに決まっているのだと。庄太郎がイチにお願いしたいことを決めているのだと。イチは庄太郎の顔を見上げて訊いた。
「庄ちゃんは何がいいの?」
「僕? そうだねえ。餅っていうのは今時高いからねえ。少量としてもかなりの高値だよ」
 だからねえ、と続ける庄太郎は若干楽しそうだ。
「むこう三ヶ月、僕の店で働いてよ」
「・・・・・・ハイ??」
 目が点になるとはこのことだとイチは思った。対して、庄太郎は機嫌よさげにふふふと笑う。
「どう? 悪い話じゃないでしょ? 住み込みで三ヶ月ここにいてほしい。たったそれだけの仕事だよ」
「いやいやいや何言ってんの庄ちゃん。いちが化けるの下手なの知ってるでしょ」
 そう。良い悪いの話ではなく、まずいことになる。庄太郎の店は町でも大きな店だ。若くして跡を継いだ庄太郎の人気と豊富な種類の商品のおかげで客足が絶えないほどであり、また雇っている下働きも家の使用人も多い。下手すると人目が街中を歩くときより多いのだ。
 そんな店で三ヶ月働く。狐耳+尻尾の人間(?)が店主の側で働く。――どう考えてもまずい話である。
「だーいじょうぶだって。頭に手ぬぐい巻いて着物着たら耳も尻尾も隠れるし。それ以外は問題ないんだし。へーきへーき」
「いやその前にいち計算とかできないよ!? 商売のことなーんにもわかってないんだよ!? 精々知ってるの『商品を買うにはお金がいる』くらいだし! 幾らとかわかんないよ!?」
「大丈夫大丈夫。イッチーは僕付きにするからずっと僕といたらあとは何にもしなくていいから。何なら店に出ないで部屋に居てくれて全然良いし」
「家には大旦那がいるでしょうがっ! いち、あの人にはお世話になってるから迷惑だけはかけたくないの!」
「もー、大丈夫だってー。イッチーは気にしすぎ! あんな隠居したジジイほっといても何の迷惑もかかんない「誰がジジイだこら(ゴスッ)」痛(た)―――――ッ!?」
 頭蓋骨が割れたんじゃないかという音が庄太郎の頭からした瞬間、庄太郎が蹲(うずくま)り無言で痛みに震えていた。
「夜遅くにでかい声で何話して――」
 庄太郎の背後で拳を上げていた人物は、イチを見ると目を丸くした。
「なんだ。誰かと思えばイチじゃないか」
「お、お久しぶりです大旦那・・・」
 へらりと笑って挨拶をしたイチにちょいちょいと手招きしたのは、庄太郎に似ているが精悍な顔立ち、庄太郎より長身のがっしりとした体――庄太郎の父親、善次郎だった。
「久しぶりだなイチ。元気にしてたか?」
「はい! 大旦那も相変わらず元気そうで何よりです」
 ちょこちょことさながら小動物のように寄ってきたイチの顎を掬い上げて笠紐を緩める。そのまま流れるような仕草で笠を外し、善次郎はイチの頭をよしよしと撫でながら頬を緩めた。息子しかいない善次郎にとって、イチは狐でも娘のような存在だった。・・・口を開けば「ジジイ」と悪態をつく可愛くない息子のおかげで、ことさらイチが可愛く思える。
「あ―――っ!! ちょっと父さん、イッチーのこと誘惑しないでよ! イッチーもそんな気持ちよさそうな顔しないで! 僕のほうが撫でるの上手いよ!?」
「誰が誘惑してるってこのバカ息子」
「だ、だって大旦那の手おっきくて気持ち良いからつい・・・寝ちゃいそうになるんだもん。庄ちゃんよりやさしく撫でてくれるし。庄ちゃんの撫で方わしゃわしゃーって感じで髪ボサボサになるし」
「ああ。息子(こいつ)の撫で方は下手だからな」
 ハッ、と鼻で笑い飛ばすと、善次郎は撫でる手を止めて頬に添えた。そっとイチの顔を上向かせると、くりっとした目でイチが見上げてくる。
「? 大旦那?」
「・・・良かったよ。お前がまだ、人を好きでいてくれて」
 噛み締めるように言われて、はっとしてイチは息を呑んだ。善次郎は心底安心した表情(かお)で、「ほっとしたよ」と続けていった。

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