小説

『笠地蔵(?)の恩返しっ!』城山秋月(『笠地蔵』)

(なんで? なんでいちにだけ笠をくれたの?)
 不思議に思って首をひねると、乗っていただけの笠が雪の上に落ちた。いけない、と人に化けたイチは手を伸ばして笠を拾った。その時ふと気がついた。
(そうか。他のお地蔵の上には屋根があるけど、いちの上にはなかったんだ)
 そう、道の脇に立つ地蔵の上には屋根が作られていた。しかし後から並んで地蔵に化けたイチの上には、当然のことに屋根はない。恐らく他の地蔵より雪はかなり積もっていたはずだ。
「やさしいなぁ、孝は」
 自分が被っていたのに、雪に埋もれる地蔵の為に頭に耳を赤くして去っていった孝の後姿を思い出して、イチは笑った。
これだからイチは孝が、人間のことが好きだった。無意識に見せる優しさに惹かれていた。雪に囲まれて寒いはずなのに、なんだか体はポカポカしているような気がして、ぎゅっと笠を握り締める。笠は先程まで孝が被っていたからか、まだ少しだけ暖かかった。
「なにかお礼がしたいなあ・・・」
 なにがいいだろう。うーんと悩みながら首を傾ける。
(そうだ。今の季節は鮭が捕れる。孝の好物だから、きっと喜んでくれる)
 あとは何がいいだろう。うーんと唸りながら、首を反対側に傾けた。
(餅、なんてどうだろうか。人間(ひと)はおめでたい事や祝い事があると餅を食べると聞いたことがある。餅ならお礼の品にぴったりじゃないか!)
 そうと決まれば、さっそく鮭を捕りにいこう。雪がだんだん収まってきた。蓑を脱いで腕に持ち、今なら大丈夫、とイチは笠と蓑を手に走り出した。

「・・・どうしよう」
 山に戻ったイチはさっそく鮭がいる川にやってきた。川に入っていざ捕ろうとしたところで、大変な事実に気がついてしまった。若干寒さで赤くなった顔で、呟く。
「いち、魚捕ったことなかった」
 そう。信じられないことに、イチは狐だが魚を捕まえたことがなかった。元々山芋や木の実を食べるのが好きだからか、魚をとるのが下手だからか、とにかくイチはどうしていいかわからず途方にくれていた。いつもは他の狐や人間に分けてもらっていたのだ。しかし今回は孝にお礼として渡す為、どうしても自分の力で捕りたかった。
(せめて一匹でも)
 ぐっと拳を作ったイチの前で、水面がキラリと光った。鮭だ! 飛びついたイチの前で鮭はヒラリとかわし、イチは冷たい冬の川に顔から突っ込んだ。
「冷(つめ)った――――――ッ!!」
 さっむい!! と喚くイチを見かねてか、鮭を捕ろうと再び挑んで足を滑らせ流されていったイチが憐れだったのか――森の奥からのっそりと熊が現れた。
 冬眠の前に腹一杯に鮭を食おうとやってきた熊が見たのは、川を睨みつけている見覚えのある狐耳と尻尾の人間モドキ。
 この山に暮らす以上、なぜか好んで人里に行く変わり者の狐のことは、その化け術の下手さと相まって有名だった。熊が格好の獲物である狐を前に食う気が起こらなくなるくらい、思わず見入ってしまうくらい阿呆だった。
 熊は流されてきたイチの服を銜(くわ)えて川の外に引きずり出した。そしてイチが気絶している間に川に入り、前足で器用に鮭を川原に放っていった。
 あっという間に五、六匹の鮭がイチの周りにビチビチと跳ねた。イチが気がつく前に、そうっと熊はその場から離れる。
 もし目を覚まして、目の前に熊(じぶん)が居ることに驚いて逃げられたら、せっかく捕ってやった鮭がパアになる。手のかかる狐だとため息を吐きつつ、今度は自分の食い(さ)扶持(け)をとるために、熊は他の場所へと歩いていった。

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