小説

『わらしの思い出』岡田千明(『座敷童子』)

 電話を終え寝室に行くと、ドレッサーの前に座り、妻は長い髪に丁寧に櫛を入れていた。
「恵美は、なんで、あの家にしようって思ったんだ?」
布団に入り、不動産の書類をもう一度見直しながら聞いた。もしかしたら、妻は都会に帰ってきて心変わりをしてしまったかもしれないと、少し不安になった。
「う~ん。上手く言えないけど、毎日幸せに暮らせそうな気がしたの。」
「なんだ、それ。」
「この子がね、そう言った気がしたの。」
妻はこちらを振り向き、両手で下腹をよしよしした。
「妊娠中って、第六感が良く働くっていう話聞いたことない?」
「いや、ない。」
僕は首を振る。
「子供を守らなきゃっていう気持ちが高まるからかな。わからないけど。何かをいいものを引き寄せる力が強まるそうよ。例えば懸賞とか、自販機のくじとかよく当たるんですって。立て続けにささいなラッキーがあったって話を妊婦仲間からよく聞くのよ。」
「へえ。美恵はなにかあった?ラッキー。」
「先週話したじゃない!人生で初めてうまい棒のあたりがでたの。しかも2回続けて。」
夕食の時にそんな話をしていたことを思い出す。たしかコーンポタージュ味のうまい棒だった。
「じゃあ…宝くじとかも、当たるかな。」
「ささいなラッキーよ。そもそも、そういう物欲にとりつかれた考えをしている人は当たらないものよ。」
妻は笑って、僕の横腹をつねった。確かに、うまい棒でここまで喜べる妻は、子供のように純粋だと思った。

 その日、僕は夢を見た。
「わらちゃんの瞳はとってもきれい。色の付いたとんぼ玉みたいだ。」
座敷童子は金魚のように鮮やかな赤い着物を着ていて、おかっぱ頭だ。前髪はまゆ毛にかかるくらいの長さでまっすぐに切り揃えられていて、その下の澄んだ瞳を強調している。艶のある黒真珠の様な髪の毛とは裏腹に、瞳は紅茶の様な透き通る褐色だった。
「ほら、これ。神社のお祭りでもらったんだよ。」
「きれいね。ひかりが透けて見える。」
「ガラスだよ。こっちは黄色。あと、青と、みどり。わらちゃんの目はこれだね。」
少年は薄い琥珀色のガラス玉を座敷童子の目の横にかざした。
「きれいだね。」
「…ありがとう。」
座敷童子は着物の袖を口元にあてて、はにかんだような笑みを見せた。

 あの家のぬくもりは、座敷童子によってずっと保たれていたんだ。じいちゃんの言葉に、ぷくりと愛らしい頬を染める座敷童子。じいちゃんが帰ってくると言ったから、しっかり家を守って待っていたんだ。明日、松崎さんに正式に返事をしよう。そして、次にあの家に行く時は、お土産にきれいなビー玉を買っていこう。

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