小説

『ガラス製品なので大変割れ易くなっております』五十嵐涼(『シンデレラ』)

「やれやれ、とんだお馬鹿さんだねぇ。これだから馬鹿は嫌いだよ。せっかく良い道具をあげても使う前に壊しちまうんだからねー」
「ななんあなーーー!?なんですって!?私が馬鹿!?あんたがあのガラスの靴を履けば願いが叶うって言ったから履いたんじゃない!?馬鹿はあんたでしょ!!!」
すると彼女は大きくため息を吐き、ほれほれと壁を指差してきた。
「なによ?!」
「あの鏡を見てごらんよ」
右手の壁を見ると金縁細工のドア程の大きさもある鏡には私の姿が映っていた。
「?」
「えーと、身長は155センチくらいかね?で、体重は80キロを優に超えておるじゃろ。あんた、普通に考えて『ガラスの靴』と言って渡されたら、自分の体型を考えてまずはダイエットから始めるじゃろ。ガラスにどんだけ耐久性を求めているんじゃ。超合金じゃあるまいし」
「…………」
悔しいけど反論の言葉は私の口から出てこなかった。ぐうっと拳を強く握って唇を噛み締める。
「さ、己の愚かさが分かったかい。じゃ、帰った帰った」
魔女は手をヒラヒラさせながら、虫でも追い払うかの様に私をあしらってきた。しかし、このまま引き下がる事なんて出来ない。
「でも、でも!」
私は小さな子供が駄駄を捏ねる姿さながら地団駄を踏み必死で言い返す。足は痛かったが。
「普通っていうなら、物を売る時に使用上の注意を渡すのが普通でしょ!」
とっさに出た割にはなかなかの反論だった。ナイス私。と、自画自賛してみたものの、そんな攻撃では彼女の顔色一つ変える事が出来なかった。
「いやさ、いくら使用上の注意にも当たり前の事はわざわざ書いてないじゃろ。ほら、コンセントに『ケツに差し込まないで下さい』とは書いてないし、シュレッターに『嫌な上司のカツラを入れないで下さい』とは記載しておらんじゃろ」
「そ、そりゃそうだけど……あ!でも、ほら!よく耐荷重何キロまでって書いてあるじゃない!」
「いやさ、わしが渡したのは靴なんじゃけど。靴にはそんな注意書き無いじゃろ。しかも、なんじゃったっけ、ほら、あんたの好きな、えっと、ウィッキー君」
「内川くん…」
「そうそう、内川君。彼にアタックしたいなら道具使うよりも、まず自分をどうにしかした方がええんじゃないか?あんた自分を綺麗に見せようと努力した事はあるかね?」
「うっっ」
私はもう一度鏡を見た。そこには流動資産である若さと青春を汚水の如く垂れ流しているマシュマロを越えて米俵女子が映っているではないか。いや、別に太っている事は何も悪いわけじゃない。ただ、髪の毛は湿気った海苔の様に黒くべたりと私の頬辺りで貼り付き、小指の爪ほどの小さな瞳はむっくらと分厚い瞼に覆われてしまっており、唯一の趣味であるニキビ潰しの所為で顔は返り血を浴びた殺人鬼を彷彿とさせる程の惨劇状態だ。これではさすがに魔法の力を借りても苦しい所がある。
「聞けばウツセミ・カワセミ・アブラゼミ君は人気ロックバンドのイケメンボーカルらしいじゃないか。そんな彼の横に魔法の力で居れたとしても自分が惨めになってくるに決まっておるわ」
「内川くん…」
「そうそう、内川君」

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