小説

『カモノハシの卵』空家和木(『浦島太郎』)

「まずはこれに乗ろう」
 サンタはそう言うと、メリーゴーランドの前で足を止めた。頭の部分に棒のついた馬がたくさん並んでいる。
「好きな馬に乗りなさい」
 サンタは翔にそう勧めると、自分は茶色の馬にまたがった。翔はその中でも一番大きくて立派な黒馬に乗ろうとした。
「おぉ、忘れていた! そいつはこの中でも脚は特に速いんだが、なかなかいうことを聞かない暴れ馬でな。その馬以外にしときなさい」
 サンタは忠告した。翔は仕方なく、その後ろの少し体は小さいが美しい白馬を選んだ。三人が馬を選び終わると、メリーゴーランドは回り出して、馬も上下に動き出す。翔は少し不満気だ。
「楽しいけど、これって冒険かな?」
「子供のくせにそんなにあわてちゃいかん。そのうちに、ほら」
 翔が前を向くと、さっきの黒馬が本物の馬のように前脚を高く上げていた。そして、黒馬はいななくと棒から外れて、柵を飛び越えて走っていった。
「ねぇ、馬が走ったよ!」
「馬が走るのなんて当たり前さ。やれやれ、やっぱり大人しくはしておれなかったか。さぁ、私たちもいこうか。手綱をしっかりと握っていなさい」
 翔が手綱を握ると、白馬の頭が動いた。さっきまで作り物のようにじっとしていた他の馬たちも目をパチパチさせたり、体を動かしている。
「すごい!」
「驚いたか。これくらいで驚いてもらっちゃ困るな」
 馬たちは棒から外れて、どんどん柵を飛び越えていった。そして、メリーゴーランドから馬は一頭もいなくなってしまった。
 翔の出かける前のワクワクは、今ではドキドキへと変わっていた。
「これって、魔法だよね?」
「ははは。魔法なんか使えんよ」
「じゃあ、僕にもできるの?」
「なかなか難しいが、ずっといい子にしておれば、いつかできるようになるさ」
 サンタとトナカイは顔を見合わせて笑った。翔には知らないことをたくさん知っている大人たちが羨ましく思えた。
 馬に乗っている翔たちに擦れ違う人たちは手を振ってきた。かかしに、魔女に、バニーガールに、ロボット……あれ? 翔はさっきよりも人が増えていることに気がついた。
「ここにいる人たちもサンタさんが動かしているの?」
「ここにいる人たちは、みんな私の友達だよ」
「たくさんいるんだね」
「ありがたいことにね」
 翔は心の中で自分の友達の人数を数えてみたが、全然サンタには敵わなかった。
「じゃあ、次はあれにしよう」
 サンタが指を差したのは、ジェットコースターだった。
「これは、ちょっと私とトナカイには刺激が強いから、代わりの者に案内させよう」
 すると、翔の後ろから背の高い若い王子様が出てきた。
「ここは、僕が案内するよ。よろしくね」
 翔と王子様はジェットコースターに乗り込むと、安全バーを下ろした。
「これって、速い?」
「少しだけね」
 王子様は笑いながら、頭の王冠を外して、足元にある荷物入れにしまった。
 コースターが動き出すと、真っ暗なトンネルを上昇し始めた。どんどん傾いていく。そして、どんどん加速していく。暗闇をすごい速度で垂直に上がっていく。何十秒か後に、コースターの速度は次第にゆっくりとなり、平坦なコースへと戻る。
「大丈夫かい? ほら、後ろを見てごらん」
 王子様に言われて翔が振り返ってみると、そこには地球が見えた。コースターは宇宙を走っていた。翔は自分の机にある地球儀を思い出してみた。同じ形をしていたが、地球を覆う雲であったりオーロラまでは地球儀では見られない光景だった。
「うわぁ……」
 翔はあまりの感動に言葉が出なかった。正確に言うと、言葉にしたかったのだが、今の翔にはこの感動を表すための言葉がうまく思いつかなかった。
「僕たちは今、流れ星に乗っているんだよ」
 王子様の言葉に下を見てみると、確かにコースターは白い光に乗っかっていた。翔は今まで、流れ星を見たことが一度だけあった。が、その時はほんの一瞬で願い事を言う暇もなかった。だから、翔は願いごとをした。今、翔は流れ星に乗っかっている。逃げはしない。翔はゆっくりと三回お願いを繰り返した。王子様が何をお願いしたのかを訊いてきたので、翔は耳元で教えてあげた。
「うん、きっと叶うよ」
 その後、翔たちは月を横切った。月では、うさぎとスッポンが競争していた。「カメもいる」と翔が王子様に言うと、「あれはカメじゃなくてスッポンさ」と教えてくれたのだ。
「月とスッポンってよく言うだろ?」と王子様は笑っていたが、翔にはよく分からなかった。

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