小説

『くだんの女』文化振興社(『南方熊楠全集第3巻』(紀州))

 人の命を何だと思っているとか、説教されたけど、正直どうでも良かった。
 私が考えていたのは、牛女って呼び始めたのも、オッサンに売ろうと言ったのも別な奴なのに、私だけが罰を受ける事だ。
 不公平な終わらせ方に、私が鬱憤を募らせていたところ、牛女からの手紙は家のポストに雑に突っ込んであった。
 どうせやったのは、前の学校の仲間だろう。
 そう思うと、ふつふつと怒りが沸いて手紙を破っていた。
 悪戯のつもりか知らないが、コッチはあんたらの罪全部押し付けられて迷惑してんだ。そこにこんなふざけた手紙よこしやがって……!
 呼び出された日、私は小さなナイフを片手に夜の学校に向かった。
 そこで待っていたのが正真正銘の牛女。明菜の幽霊だった。
「え?」
 初めは、混乱しきって何が何だか分からなかった。
 でも牛女は現に私の背後から現れ、逃げ道を塞ぐよう校門前に立っている。
 荒く吐き出される吐息。怪我で歪んだ顔はさらに醜い。
 その手には、鉈。
 考えるより先に足が動いていた。ドアを開けて校舎内へ。牛女は私の背中を、あのどんくささからは想像もつかない速度で追いかけて来た。
 おかしい。短距離万年ビリの明菜が、こんなに早く走れるなんて。部活に入ってないが、そこそこ足の速い私に、鉈を持ったまま一切遅れることなくついてくるなんて。
「ねえ! 悪戯でしょ! アンタらマジすぎるよ!」
 私が質問しても、牛女は何も言わなかった。
 少し距離が離れたところで、私は途中の教室に飛び込み、ロッカーの中に身を隠した。
 だが牛女は、見ていたみたいに迷いなく、私の潜んでいる教室に踏み込んできた。
 そして今、私と牛女はロッカーのドアを挟んで対峙する。

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