小説

『くだんの女』文化振興社(『南方熊楠全集第3巻』(紀州))

――償いをしてもらおうか
 教室のロッカーに隠れながら私、東嶋由井は、三日前に届いた手紙の内容を思い出す。
 通気口を通してみる、差出人の女は肩で息をしながら、手に持った鉈を月明かりに染め、私の居るロッカーににじり寄る。
 相変わらず醜い、広がったでかい鼻の孔。怪我のせいか唇が合わさらないで、歯と歯茎を剥き出しにしている様は、牛そっくりだ。
「ハッ。その面で人前に出て、恥ずかしくないの……?」
 元気を取り戻そうと小声で言ったが、聞こえたのか女は目を見開いて呻きを漏らす。
 だが、私だってむざむざやられる気はない。恨みだろうが何だろうが、死人が生きた人間にとやかく言うなんて間違ってる。
「死人らしく墓に籠ってろよ、牛女ぁ……!」
 精一杯の侮蔑を込めて、私は女を睨みつける。
 牛女こと、望月明菜は、去年私が殺した筈だった。

 どんくさい女。明菜のキャラはそれで大体終わりだ。
 行動だけではない。あばたが浮かんだ顔に鼻の穴が大きく、弁当のホウレンソウをむしゃむしゃ食ってる様が実に締まらない。コイツは本当に人間から生まれたのか、友達とよく話したものだ。
 そのすっとろさから、友達の一人が明菜の事を件だか何とかって言った。
 牛人間の妖怪で、不吉な予言をして死ぬらしい。昔読んだ絵本に出てきたと言っていた。
「予言って、もう不吉でしょ。コイツのツラ毎日見なきゃならんのがもう不吉、ていうか不愉快。だよね明菜」
「……ハハハ」
 ジョークに気の利いた返しも出来ない明菜の肩を、突き飛ばして転ばす。
 本当にとろい女だった。見ているだけでイライラする。許してもらおうと薄ら笑いを浮かべた顔が胸糞悪い。
「件とか良く分からんし、今日からアンタ牛女って呼ぶから。いいね、牛女」
「……うん」
 牛女はそれから三ヶ月くらい、私らが弄んだあとで死んだ。
 きっかけは色々だろうが、一番は牛女に子供をこしらえてやろうと誰かが言い出して、薄汚いオッサンと一回五千円でやらせたのが死んだ一週間前だから、多分それだ。
 学校の屋上からの飛び降り。どんくせえ奴は死に方もありきたりでつまらない。さらにつまらないのは、親が世間体を気にして私だけ学校を移る事になった点だ。

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