「おっ母ァ――あれは、なんじゃ?」
思わず叫んだ私を、母はしっかりと抱きしめた。自分の体で私の目を塞ぎながら、
「なんでもない、なんでもない。怖がることはない。あれは、明日死んでしまう、かわいそうな人たちなんだよ。この世を去る前に、地蔵様に挨拶に来たんだよ」
と諭すように言うのだった。
私は母親の肩越しに、みちびき地蔵を見た。亡者の数は減ることを知らず、次々に現れては地蔵の前に両手を合わせるのだった。
南無阿弥陀仏――。
南無阿弥陀仏――。
潮騒さえ、そう聞こえてくるようだった。母親は耐えきれなくなったのだろう。私を担ぐと、その場を走り去った。背中から念仏交じりの潮騒が、追いかけてくる恐怖を感じながら――。
家に帰った時には、すっかり暗くなっていた。父は起きていて、飲んでいた。母は私に飯を食わせながら、先に見た亡魂のことを話した。
そんな馬鹿なことがあるものか、と父は一笑に伏した。
「黄昏の時分にあんな寂しい所を通るから、幻を見たのよ。そんないっぺんに人が死んでたまるかい」
「でも――でもさ、気になるから、村の人たちに知らせておいた方が良くはないかい?」
やめておけ――と、父は煩わしそうに言った。
「お前さんは明日死ぬよ、と、そう言い触れて回るのか? そんなことをしても、お前が変になったと思われて終わりだ。――いいか、絶対に、誰にもこのことは言うんでねえぞ」
私はふと、父の目を見た。父は、母を真っ向から睨めていた。その眼は酒毒に侵された様子が一切なく、有無を言わせぬ圧に満ちていた。