小説

『三十五日目の山参り』十野響(『三十五日目の山参り(兵庫県淡路島)』)

「私たちも古い習慣だし元気のない武さん見ていると何も言えずそのままにしてたんよ。で私たちも日か経って気にもしてなかったんやけど丁度1カ月経った頃、武さんがうちを訪ねてきてね。夜中に奥さんの泣き声が聞こえてくるって言うもんだから慌てて東山寺におにぎり持って参拝しに行ったんよ。そんな話信じられんかもしれんけどその日から泣き声も聞かなくなったんだよ。」
 母が話し終えると辺りが静まりかえりそこまで恐怖を感じたわけでもないのに鳥肌が立ったことを今でも覚えている。

 あれから数十年がたち私の母が他界したので淡路に戻った。葬儀を一通り終えたあと親戚一同と一緒におにぎりを作り東山寺に向かった。
 閻魔堂に四個、六地蔵に六個、裏山に三個転がして振り返らない。
 私の子供は帰り際に
「これでお婆ちゃんも天国にいけるね」
 と小さな声で言った。娘の愛くるしさも相まって故郷への愛おしさをこんなに感じたのは初めてだった。
「そうだね。大事なことだから覚えておくんだよ。」

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