小説

『帽子の底』百々屋昴(『王様の耳はロバの耳』)

 喉を鳴らして唾を飲み込む。自然と呼吸が速くなり、心臓が早鐘を打つ。
 おかしい。こんなことするべきじゃない。隠さなきゃいけないものだ。どうかしてる。
……なのに。

「かっこいい」

 抱いてしまった感想は、いっそ幼稚なくらいに単純だった。

 
***

 
 「同族」は、僕が思っていた以上にたくさんいた。
 何万もの人に「いいね」と思われている人から、たった数人にしか見られていない人まで。
 たくさんの、本当にたくさんの人たちが、耳を持つ自分を楽しげに飾り立てていた。

 貪るように画像を漁る。手当たり次第にサムズアップのアイコンを貼り付けていくうちに、むくむくと、真似事の欲求が首をもたげ始めた。
 僕も「こう」なれるだろうか。
 一週間は悩み通して、結局、欲に負けた。

 心臓が痛いほど脈打っている。まだ何もしていないのに、スマホを握る手がみっともなく震える。存在しない無数の視線を感じて、生ぬるい唾液を飲み下した。
 こんなことをするべきじゃない。
 誰のものでもない声が耳元で囁く。その通りだと思っている。
 恐怖と罪悪感と羞恥心、それらすべてを押さえつけて、もう一人の僕がシャッターを切った。
 画像を確認する。写真の中の僕はどうしたって僕だ。口元は引きつっているし、目元の笑みも歪んでいる。

 きっと笑われる。嫌われる。気持ち悪いと言われる。
 ……でも、秘密を抱え続けるのはもう嫌だ。

 指先が「投稿」に触れた。醜いロバの耳が全世界に向けて投げ出される。忘れていた手の震えが当然のように返ってきた。
 やってしまった。もう取り消せない。
いや、まだ間に合うかも。すぐに消してしまえば――。

 と、その時。
 僕が撮った写真の下に、サムズアップのアイコンがぽんと灯った。

 胸の真ん中がかっと熱くなる。小さな画面を食い入るように覗き込む。
 その日を境に、帽子は檻から秘密の小箱へと変わった。

 
***

 
 もっと見てもらうために、努力した。

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