小説

『帽子の底』百々屋昴(『王様の耳はロバの耳』)

 良く見えるアングルや構図を覚えた。加工のやり方を覚えた。
 耳を丁寧に手入れするようになって、毛並みなんかにも気を遣った。
 人が多い時間に気をつけながらこまめに投稿を繰り返して、褒めてもらったら丁寧にお礼を言って。

 それらすべてがなんにも苦にならないくらい、夢中だった。
 ひとりふたりと、僕を見ている人が増えていく。好奇の目やあけすけな罵倒の代わりに、快い注目と輝くような言葉をくれる。
 この世界でだけは王様にだってなれる。楽しくて楽しくてしかたがなかった。

 シャッターを切る。もう手が震えるようなこともない。
 画面に表示された僕の楽しそうな表情を眺めて、少し笑う。良いのが撮れた。

 加工アプリを立ち上げた時、ふっと、棚の上の家族写真に目が留まった。
 両親の眼差しが胸を小突く。

 ……知らないくせに。
 立ち上がって棚の前に立つ。写真立ての足を畳み、ぱたんと伏せて置いた。

 
***

 
 ここ最近、夜ふかしの影響で寝坊が増えた。ぎりぎりの時間に登校して、窓際の後ろから二番目に鞄を下ろす。
 先生が来るまであと数分しかないのに、相変わらずまだ喋っている人は多い。隣の席は今日休みらしく、これ幸いとばかりに声の大きなクラスメイトたちが居座っていた。

 ちょっとうるさいな、と視線をやる。目が合った。慌てて逸らす。

「なあ」

 グループの一人に呼びかけられて肩が揺れた。控えめに顔を上げた矢先、ひび割れたスマホの画面をぐっと突き付けられる。

「お前ってさ、こういうの興味あったりする?」

 画像だった。ネット上に上げられていたであろう、画質の若干落ちた写真。
 ロバの耳が生えた人間の。

「ほら、これとか。お前に似てる」

 同級生は呑気に笑っている。僕は画面から目を逸らすことが出来なかった。
 僕だった。

「何それ」

 思考より先に声が出た。震えてなかっただろうか、と遅れて思う。実際のところ、普段よりも遥かに平坦な口調だった。

「そんな気持ち悪いことするわけないじゃん」

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