小説

『幸せなオオカミ』福間桃(『赤ずきん』)

 サナのおかげで一瞬できた隙に、片目のオオカミの喉元に向かって噛みついた。その攻撃は躱されたものの、休まず牙と爪で攻撃を繰り返しディナから引き離す。狩りは下手な私だが、ここは引き下がっていられない。私の大事な恩人を、初めての友人を、こんな奴に食われてなるものか。
 普段大人しい私が攻撃的になっていることに怯んだのか、片目のオオカミは諦めたように部屋から走り去っていった。
「お婆ちゃん! 大丈夫?!」
 サナが不安そうにベッドに駆け寄る。ディナはゆっくり体を起こした。無傷だった。
「サナ、心配掛けてすまなかったねぇ。お前さんも、助けてくれてありがとう」
 そう言って、ディナは私とサナの頭を撫でた。
 大事な人を守り切った。何と誇らしい気分なのだろう。あの時傷ついた私を助けてくれたディナに、ようやく本当の恩返しができた気がした。
「オオカミさん、本当にありがとうね!」
 サナも大好きな祖母が無事で心底嬉しそうであった。しかし、急に「あっ!」と何かを思い出したように声を上げた。
「いけない、急いでいたからお花畑に荷物みんな置いて来ちゃったわ」
「あなたはここにいてください、私が取りに行きます」
 あんなことがあった後だ、今は祖母との時間を大切にするのがいいだろう。私は二人を残し、軽やかな足取りで玄関をくぐった。

 その瞬間、パンッ、と音がした。

 何が起こったのか理解するのと、自力で立っていられなくなったのは、ほぼ同時だった。
 どさりとその場に倒れ込むと、私を中心に地面が徐々に赤く染まっていくのが分かった。どんどん意識が遠ざかる。
「弱った婆さんの寝込みを襲うとは、随分と卑怯なオオカミだな」
 振ってきた声に頭を上げると、猟師らしき男がこちらを見下ろしていた。手にしている猟銃の銃口からは細い煙が立ち上っている。この男が私を撃ったのだ。おそらく、片目のオオカミがここにやって来るのを見た人間に頼まれたのだろう。しかし、本当の標的である奴と私を間違えたようだ。それも仕方がない。ディナやサナのような例外を除けば、私も奴も、同じオオカミなのだから。
「いったい何の音なの?」
「お婆ちゃん! オオカミさんが……!」
 銃声を聞いて家から出てきたディナとサナがこちらに駆け寄ってくる。しかし、目の前がだんだん暗くなっていって、その姿を確認することができない。
「婆さん、安心しな。悪者は俺が始末して……」
「馬鹿者! このオオカミがいつ悪さをしたというのかい?!」
「オオカミさん! 返事をして!」
 声もだんだん遠くなる。言い争うような声が、すすり泣くような声が、闇の中に消えていく。

 オオカミに生まれて嬉しかったことなど、一度もなかった。
 でも、ディナやサナと出会って、オオカミに生まれたことに嘆かなくなった。

 こうして死の間際に、傍で泣いてくれる相手が、想ってくてる相手がいるだけで、幸せではないか。
 最期に大事なものを守って逝けるなんて、最高ではないか。

 きっと私は、この世で一番幸せなオオカミだ。

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