小説

『きめにくいアヒルの子』室市雅則(『みにくいアヒルの子』)

 自分だってなるべく恥の少ない青春を送りたい。
 誰かが涙を飲まなくてはいけないが、それがどうして自分がならなくてはいけないのだ。

 クラス会を進行している議長が声を出した。
「誰か立候補いますか?」
 誰も手を挙げず、それぞれがそれぞれを牽制している。
「どうですか?」と議長は続けたので、花子は「いや、他人事じゃないから」と思うと、件のアミが手を挙げた。
「誰かが言わないと進まないから、みにくいアヒルが成長した白鳥やるよ」
 予想通りだ。
「皆さん、よろしいですか?」
 議長はそう尋ねるが、誰も反論するわけがなかった。
 黒板の『白鳥(成長)』と書かれた下に、アミの名前が書かれた。
「ユーカとサキとアヤっち、普通のアヒルやりなよ」
 アミが仕切り始めた。
「どうですか?」
 議長が三人の顔を見ると、三人は頷いた。
 いいぞ、そのままガシガシ決めてくれ。そして、私には何の役も与えないでくれと花子は祈っていると、アミは続けた。
「アヒルのお母さんはさ、コハクがやれば? お母さんっぽいじゃん? コハクって」
 花子はコハクを見た。花子の席からはコハクの丸っこい後ろ姿しか見えない。コハクのポニーテールが縦に揺れたのが分かった。
「だよね。コハクにぴったりだよね?」
 アミの決めつけるような声が花子の耳にへばりつく。確かに、コハクは太っちょさんの女の子で、優しいというか気が弱いからアミに反論なんてしない。まあ、アミに反論する人物は、誰もいない。だが、それを知って勝手をし、笑うアミに花子は無性に腹が立った。これまで鬱積していたものが爆発した。
「はい! 私、みにくいアヒルの子やります!」
 花子は勢いよく挙手をした。
 コハクを見ていた一同視線は花子に集まった。それを跳ね返すように花子は続けた。
「一度やってみたかったんです。みにくいアヒルの子」
「良いんですか?」
 議長が念を押すように花子に訊いた。
「はい!」
 誰かが始めた拍手がクラスを包んだ。花子は恥ずかしそうに首をすくめた。それが面白くないのはアミ。
「さすが花子だね。みんながやりにくそうにしている『み・に・く・い』アヒルの子を自らやるなんてさ」
「私なんて、『う・つ・く・し・い』白鳥は似合わないからさ」

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