んぎゃあ!んぎゃあ!
深夜の公園に悲鳴が響く。トイレの裏に人影が動く。
「ほら、どうだこの、部長の、課長の馬鹿め」
リズミカルに蹴り上げられる紙袋の中には、四本脚を一括りに縛られた猫。
「喚け、ほら、鳴けよ、この」
紙袋を蹴り上げる山寺の顔は、地味で温厚な営業マンとは思えない程歪み、目の色が変わっている。
(あぁたまらん、この悲鳴・・・)
罪のない柔らかい生き物を蹴り上げる感触、鼓膜を蕩かすこの悲鳴。
(なんで、今まで知らなかったんだ・・・)
自分の何処にこんな残虐な部分があったんだろう。今しているのは悪い事だ、いけない事だ、ああ、なのにどうして、爪先股間脳天へと突き上げるこの快感!悲鳴は甘い麻薬となって鼓膜から流れ込み心臓を熱くする。一晩中でもこうしていたい・・だが、やがて悲鳴は止む。紙袋はぴくりとも動かない。
山寺は公園を出て、紙袋を近所のどぶ川に投げ捨てた。そしていつもの地味で温厚な顔で家路につく。
山寺は用心深く、公園を転々としながらこの快楽を続けた。
誰にも見られていない筈だった。
ひと月も続けた頃か。どぶ川へ紙袋を捨てに行った時に視線を感じた。
ぱしゃん。
水飛沫の音が響く。山寺ははっとして周囲を見回した。
(誰か見ていた?)
刺すような気配を感じた。ごみの不法投棄と思われたか。お節介な住人が証拠画像を撮影でもしてはいないか。しばらく待ったが、誰も何も言って来ない。
用心深い山寺は暫く行為を控えることにした。
当然、再びストレスは溜まっていく。三日に一度は発散していたものが、日に日に腹に溜まり内臓を焦がしていく。
「山寺、最近体調でも悪いのか」
気遣う上司を睨み返す。
「あなた、少し仕事を休んだら?」
労わる妻に怒鳴り返す。今までそんな態度を取られたことが無かった妻が泣き出すのを、うるさいとまた怒鳴る。
職場の同僚は山寺の妙な癖に気付いた。デスクの下でぴく、ぴくと足を跳ね上げるのだ。貧乏揺すりとも少し違う。山寺は空想の中で、愛しの紙袋を何回も蹴り上げる。鼓膜の奥で悲鳴が聞こえる。だがそれは山寺が無意識に呟く独り言だった。
「ぎゃ、んぎゃ・・・」
山寺は会社から強制的に休みを取らされた。
「いいな、病院へ行くんだぞ」
上司が優しく、しかし怯えた目で囁いた。
(ああ、もうだめだ。もう耐えられない。公園へ行こう)
「なんだこれは」