小説

『てまりうた』木口夕(『山寺の和尚さん』)

 ホントにおかしくなれたら、どんなに楽だったか。山寺は正気を保っていた。愛する妻と、誕生を待ちわびていた我が子を、自分の足で蹴り殺した後でも。妻の腹部にくっきりと刻まれた足跡と、どこか自分に似た嬰児の死に顔を見ても。
 山寺は、看守には聞き取れない位の小さな声で歌い続ける。

 山寺の、和尚さんは、毬がお好きで毬は無し、

 涙が溢れる。

 猫を紙袋へ へし込んで、
 ポンと蹴りゃ、ニャンと鳴く・・・

 あの子は生きてた。だって泣いたんだ。俺はあの子の産声を聞いた。

 んぎゃあ、んぎゃあ、んぎゃあ。

 山寺は極刑になるだろう。
 山寺が紙袋を流したあの川を、一匹の雄猫がじっと見ている。
 愛する妻と我が子の面影を、水面にゆらゆら追っている。

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