小説

『ライオンは寝て射る』中村吉郎(『ねずみの恩返し』)

 ライオンは寝ていました。群れ(プライド)のボスであるその雄ライオンは、先ほどバッファローの肉をたらふく食い尽くし、動けなくなる程満腹でした。
 バッファローの群れを追い回し、撹乱し、逃げ遅れた一頭に襲いかかるのは群れのメスライオンたちの役割です。三頭のメスライオンが飛びかかり、食らいついても、頑丈なバッファローは怯みません。メスライオンを振り落とそうと、必死で走り回ります。
 そこでバッファローにとどめを刺すのが雄ライオンの役目です。背後からバッファローに飛びかかり、太い首に食らいつき、渾身の力で締め付けます。こうなってはバッファローもたまりません。力尽きてバッファローが倒れた時は、窒息して即死状態です。
 バッファローが倒れると、群れにいる他のメスライオン、子ライオンたちが集まって来ます。その中で、真っ先に肉を食べるのがボスである雄ライオン。これには理由があって、まずは自分が内臓などの最も栄養のある部分を食べてスタミナをつけ、食事中でも寝ている時でも、構わず襲って来る外敵から群れを守らなければならないからです。
 バッファローたちが倒された仲間の復讐に群れで襲って来る場合もありますし、ハイエナの群れが獲物を横取りしに来ることも日常茶飯事です。
 特にハイエナたちは、雄ライオンがいないと、集団でメスライオンや子ライオンを殺してでも獲物を横取りします。ハイエナは、見かけによらず、サバンナで最も残忍な連中なのです。
 また、他の雄ライオンが、群れを乗っ取りに来るリスクも大いにあります。群れを乗っ取られると、子ライオンたちは全て殺され、メスライオンに新たに自分の子供を産ませようとするので、ボスライオンとしては、生命をかけてこれを阻止せねばなりません。
 だから、我先にと獲物を貪り食い、いざという時のために、体を休める必要があるのです。

 さて、その日も、何日かぶりの大ご馳走にありついた雄ライオンは、食後の昼寝をしていました。暑いサバンナのこと、寝ているライオンには、虫がたくさんついたり、鳥がとまったりすることはよくあるので、ライオンも気にしません。
 その日は一匹のネズミがライオンの体に駆け上がりました。ネズミとしては、ライオンの体に駆け上がったつもりはなく、全速力で走っているうちに、小山のようなものに駆け上がったつもりが、たまたまそれがライオンだったというだけなのですが。
 虫や鳥とは異なる感触にライオンは起き上がり、ネズミを捕まえました。満腹のライオンはネズミを食べようとはせず、逞しい前足でネズミを小突いて、遊び始めました。
 ライオンの黄色く光る瞳は、爛々と光るわけでもなく、穏やかに笑っている様でした。
 ライオンにとっては遊びのつもりでも、ネズミにとっては死ぬ思いです。
 ネズミは、ライオンに小突かれるたびに起き上がり、命乞いをする様に前足を擦り合わせてライオンを見つめました。
 その気持ちがライオンに通じたのか、単に遊びに飽きたのかはよくわかりませんが、ライオンはネズミをはなし、再びゴロリと横になりました。
 解放されたネズミは一目散に逃げましたが、何度もライオンを振り返り、感謝するかの様にライオンの寝姿を見つめ、小さく鳴きました。

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