小説

『ライオンは寝ている』中村吉郎(『ねずみの恩返し』)

 それからしばらくしたある日のこと、ライオンは人間の仕掛けた罠に捕らえられてしまったのです。逃げようとすればする程体にまとわりつき、動けなくなる網の中で、ライオンは咆哮します。それは、助けを求める声というよりは、威嚇の咆哮であり、聞いたもの全てが身動き出来なくなる程の迫力ある声でした。もしここで助けを求める様な弱々しい声を出そうものなら、人間よりも先にハイエナどもがやってきて、網の中で身動きが出来なくなったライオンを寄ってたかって食い殺してしまうでしょう。
 周りの動物がライオンを怖がって逃げてしまう中で、真っ先に駆けつけてきたのが、あのネズミでした。ネズミは、あの時、ライオンに助けてもらった恩を忘れてはいませんでした。

 ネズミは、小さな体で罠にかかったライオンに駆け上り、一生懸命、網をかじって、ライオンが出られる様にしました。しかも、網をかじる時にライオンの体を傷つけない様に、時間をかけて、全ての網をかじり、ライオンを解き放ったのです。

 解放されたライオンは、大きく伸びをして、全身を震わせました。そして、自由になった喜びの咆哮を、ひときわ大きく上げました。

 ライオンがまず考えたのが、自分が捕まっている間、群れは無事だったかということです。いつ何が起こるかわからない自然界のこと、既に他の雄に乗っ取られているかも知れませんし、危険を察知して群れ単位で遠くに逃げている可能性もあります。命は助かりましたが、この後、波乱万丈の前途が待ち構えています。しかも、この時、ライオンは罠にかかる前から、数日間餌にもありついていない状況でした。

 腹が減った。

 前途を思案したライオンがまず感じたのは空腹感でした。
 そして、目の前に、小さいながらもよく肥えた野生のネズミがいました。ライオンは、しばらく前に、満腹の時にこのネズミを弄び、逃がしたことなど、覚えていませんでした。ネズミにとって幸か不幸か、ライオンは寝ていなかったのです。

 ライオンの爛々と光る瞳は、射る様にネズミを捉えました。
 そして、ネズミは、恐怖で動けないのか、警戒していないのか、逃げる素ぶりすら見せませんでした。

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