小説

『海辺のボタン』もりまりこ(『月夜の浜辺』)

路地裏の猫が歩いているようなアスファルトあたりに、行方を失ったものが落ちていたらとりあえず拾うだろう。たぶん、栞とチューヤはそういう種類の人間だと思う。
 そのままコートのポケットのなかにすとんと入れてまた歩き出す。
 昔、子供の頃に友達のお母さんにもらったキャンディをその場で食べられなくて、とりあえずポケットに入れた時のように。
 例えば、びちゃびちゃにひしゃげた青と白のしま模様のてらてらの包み紙がいつまでもわすれられないようなところが、彼女にはあった。
 そのぐちゃぐちゃになってしまった飴玉が残像として、頭の中に居座り続けることって、いいのかな? それは大人になりづらいこと? このましくないこと? そんな疑問を亮にではなく、いつもじぶんに問いかけているようなところがあった。

 最近、なにかを落としませんでしたか?
 何かを見通したかのように、後輩の黒田が聞いてきた。
 なんで?
 なんとなく、そんな気がして。
 なんとなくで、ふつう、そんな気はしないんだよ、黒田。
 そうですか。そういうものですか。

 黒田とは、なんか根本的にリズムが違う気がする。時々いらいらさせられるのだけれど。気が付くと黒田の言った言葉をじっと考えている瞬間があって。
 余白の時間が訪れるとその言葉を頭いっぱいにぐるぐる巡らせていたりする。
 ほらね、って気づかされて訳もなく黒田っ! って叫びたくなる。
 落としたものなんかねぇよって思いつつも、忘れるっていうのとは微妙にちがうんだなって、あらためてなにかを見つけたときのような気持ちになっている。

 おとすとわすれる。
 おとしもの、わすれもの。
 おとすとわすれてゆくもの。
 おとしものをして、わすれられてゆくもの。

 落とすは直前まで憶えていたのに、不注意なのだと電子辞書が教えてくれる。

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