小説

『タイムマシン エピローグ2』川路真広(『タイムマシン』)

 私は彼の「タイムマシン」についても知りたいと思った。「タイムマシン」は彼とともにこの世界から姿を消してしまったわけだが、いったい、時間旅行を可能にするような機械が作れるものなのだろうか。同じ大学に勤める物理学者のルーカス博士に、私は面会を願った。博士は気さくな性格で、時間旅行について知りたいという、一風変わった民族学者の申し入れを快く受けてくれた。私たちはとあるレストランで夕食を共にした。
 ルーカス博士は私の『タイムマシン』を若い頃に読んだと言った。「あれは大変面白く読みました」あの手記を読んでいてくれたなら、説明は省ける。私は単刀直入に、時間旅行の可能性について質問した。
彼は答えた。「現在のわれわれの知識によれば、残念ながら、時間旅行はまず不可能だと言うべきでしょうね」
「あなたは、アインシュタインという学者が発表したあの難解な理論を理解しておられるはずですね。私は物理学については素人でしかありませんが、素人なりに聞きかじった相対性理論と、「時間旅行者」が私たちに語った時間と空間についての主張は、よく似ており、少なくとも矛盾してはいないように思えるのですが」
「たしかに、アインシュタインのあの画期的な理論では、空間と時間は切り離しがたく結びついており、大きなエネルギーや速度の作用が時空そのものをゆがませる効果についても証明されています。そもそも物理理論では、時間に関しては過去も現在も未来も、本質的な違いなく取り扱うので、未来も過去もひっくるめての全体的な時空というものが想定されているわけです。その点では、「時間旅行者」の主張との矛盾点は見当たらないように思いますね。ただ、時空に作用を及ぼすにはとてつもないエネルギーが必要ですが。ところで――」ルーカス博士はきわめて素朴な疑問を発した。「そのタイムマシンですが、いったい動力は何だったんです?」
「動力? ああそうか。たしか起動のためのレバーはあったと思いますが」
「そのレバーが起動させるエネルギーは何か、ということです。物質を燃焼させた熱エネルギーで動くのか、あるいは電磁気力、重力……」そう言われると、私には答えようもないのだった。私はタイムマシンをじっくりと観察したことがなかったが、少なくとも何かがその内部や周囲で燃焼していたようには見えなかった。
 物理学者は私に少し憐憫を覚えたのかもしれなかった。彼は言った。「まあ、仮に時間旅行が可能であるとしても、それは未来についてだけで、過去への旅行は無理だろうと思いますね」
「それはどうして?」
「過去に旅行した場合には、いわゆる先祖殺しのパラドックスが生じる可能性があるからです。過去の世界で自分の祖先の一人を――つまり子供時代の祖先を――誤って死に至らしめてしまったら、当の自分が存在できなくなってしまう」
「なるほど。過去を変更してしまったら、現在はかくあるごとくには存在しない、ということですね」
「そうです。もっとも、私のこうした見解はあくまでも、現在の科学の知識にもとづいて言えば、という留保がつきます。ご存知のとおり、物理学は日進月歩を続けていますから。いつかまったく新しい理論が登場して来ないともかぎりませんよ」

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