小説

『一物』山羊明良(芥川龍之介『鼻』)

 全てを出し終えると姉たちは汗を拭った。
「やっと終わったみたいね」
「大きいと大変だね」
「これでもう一度ゆでれば大丈夫だわ」
 いつのまにか雨がふり始めていた。空がどんよりとしていた。マイクは起き上がり、新たに持ってきた熱湯に一物を突っ込んだ。
「私達お風呂に入ってくるわ。いい、三十分したらぬくのよ」
 三十分たった。その間に雨は一度やみ、ふたたび降り始めた。マイクは一物をみた。短く縮んでいた。マイクは鏡の前に立った。
 膝よりも長かった一物は、マイクの体形に合わせたかのようにしぼんでいた。大根のように太かった茎もその半分以下におさまり、元気に脈打っていた。ところどころ赤いのは足踏みの影響だろう。マイクは力を入れてみる。クイッと反応がある。嬉しくなった。これで馬鹿にするやつはいなくなるだろう。姉たちも満足げにマイクの姿をみつめていた。
それから三日三晩マイクは踊り続けた。初日は元に戻りやしないかと不安があった。暇さえあれば触ってみた。しかし、一物は行儀よくぶら下がっている。野心的な意欲など微塵も感じさせなかった。マイクは叫んでみた。気分が晴れ晴れとしていくのが自分でもわかった。マイクは踊った。踊り続けた。
 三日過ぎた。マイクは姉たちと一緒に都会で暮らす決断をした。いつまでも地元でどんよりと生活しているよりはいいだろう、と思った。それに本人が変わっても周囲の目は変わらないという事もわかっていた。現に表を歩いてみれば今まで以上の視線を股間に感じ、前よりも一層おかしな表情をし、堪えきれない者はふきだしてしまう。子供達はクスクス笑う。女達は馬鹿にしたような声をあげる。結局は変わらない、とマイクは思う。自分の存在自体が滑稽であり、それはいつもでも続くのだろう。しかし全然悲しくはなかった。いや、むしろ嬉しさがこみあげてきた。閉鎖的な場所から飛び立てる、今までの苦労を顧みて、よくやったと自分自身を静かにほめたたえた
「さよなら」とマイクは言った。全てに対し、男は別れをつげた。

 用賀で運送の仕事を見つけた。がむしゃらに働いた。悪夢は終わったのだ。ここでは誰もマイクの一物について口を開くものはいない。そもそも誰もインディアン・マイクと嘲笑しない。誰も知らないのだ。マイクは股間に手をあててみた。もう大丈夫だと思った。それと同時に少しばかりの物足りなさの心情が奥の方で芽生えた。正常的、健常的なサイズになって初めて感じたことだった。あれほど邪魔だった大きな牙を肉体が欲しているのとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な、とマイクは思った。
 三か月がたった。マイクに初めての彼女ができた。年下のいい子だった。よく笑い、食べるのが好きだった。週末になるとよく遊んだ。それに伴ってマイクの一物も頻繁に膨らんだり萎んだりを繰り返した。

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