小説

『ロスタディクション』和織(『それはほとんど少女のよう』『沙羅の花』)

ツギクルバナー

 時は、今をチラつかせて見せたそばから、それを僕らの手の届かない永遠へと押し流していく。それなのに、この風や香りや空の色の中、そこかしこに浮かび上がる記憶覚ましは、なんだっていつまでも居座り続けて、それはそれは規則正しく鳴り始めるのだろう。
 もし僕があの想いをほんの少しでも口にしていたら、ほんの一滴でも、この世界へこぼしてしまっていたら、或いは、今がこれほど早く流れることはなく、この季節がこれほどゆったりとしていることはなかったかもしれない。そうだ僕は、この季節だけがもう自分の人生の全てになってしまっているようなのだ。そしてその人生は、白昼夢のようにぼやけている。ほら、夢の合図だ。あの花が咲いて、君の瞼が開かれ、誰にも言えない想いが、誰にも聞かれることのない会話を始める。
「ふぁぁぁ・・・ねぇ・・・すっごく眠いわ。私、また深く潜ったのよ。あなたがそりゃ大事にしてくれるおかげで、このガラスの籠の中は、とても気持ちがいいわ。揺れて揺れて、どんどん流れて潜って・・・・・」
「さぁ、もう起きて」
「深くなればなるほど、心地いいわ。きっと来年はもっと、再来年はもっと」
「君、踊らなきゃ」
「待って。はぁ・・・準備するから。ほら、あなたが私につけた糸、年々長くなってる。だけど不思議ね。これ、どうしてこんがらがらないのかしら」
「一本一本真っすぐだから、絡まないのさ」
「へぇ、そう。そういうものなのね。さて、さぁ、いいわ、いつでも。曲を、ワン、ツー、さぁ糸を引いて!ほら、そう、そうよ、いつも通り、完璧。ねぇ、これじゃ、音楽なんていらないと思わない?」
「それは必要さ。雰囲気ってものがある」
「だけどあなたの糸、一ミリの狂いもないわ」
「そう?」
「一ミリの狂いもなく、私を動かしてる。三回ターン、ストップ、ほらね?」
「うん」
「ここで、ほら、余韻を残して、ほら、飛んだ、高さも、ほら、ねぇ、どうしてなの?」
「何が?」
「どうしてこんな風に、覚えていられるの?」
「・・・・・」
「音も景色も、この顔も、着ているものも、揺れ方も、光も影も」

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