小説

『あるところにマッチ売りの少女がいました』砂山じんた(『マッチ売りの少女』)

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 あるところにマッチ売りの少女がいました。マッチ売りの少女はマッチを売って暮らしていました。マッチひと箱の仕入れ値は10円でマッチ売りの少女はそれを100円で売っていました。ひと箱売れるごとに90円の利益になりました。ぼろい商売だとお笑いになるかもしれませんが物事はそううまくはいかないものでマッチはなかなか売れませんでした。マッチ売りの少女はおばあさまから戴いた紺色のコートをかぶり顔はそこそこの部類で雪の中を枯れ木のように歩き回りながらマッチを売っていました。その姿は人々の胸の奥にともる故郷のみずうみのようなものを揺り動かしましたがそれが有効に働くばかりではなくそこそこ売れれば良い方でした。マッチ売りの少女は考えました。「これまで私は情の炎にすがってマッチを売ってきたけれど他に策を考えなければ雪に溶け落ちてしまう。誰かに相談しましょう」凍てつく寒さの内側で考えられることは限られていました。しなる枝の雪の欠片のように街はずれの森の入り口に移動するとそこに住み着く隠遁者のイノウエの家の扉を叩きました。イノウエはおばあさまの古くからの知り合いでおばあさまが亡くなる以前は交流がありましたがおばあさまが亡くなったあの晩誰にも頼らないと何故か月に誓ってしまったのでここに来るのは本当に久しぶりでした。誓いなどなかったものとしてマッチ売りの少女は門を叩きました。するとイノウエは暖かく迎え入れてくれ何もできなかった穴埋めをさせてくれと持ち合わせのマッチを全部買い上げてくれました。マッチ売りの少女は自分のどうしようもないあの晩の誓いの無鉄砲さを恥じました。そして「追いすがる」ことと「頼る」こととの違いを体内で感じ取るように理解できた気がしました。その後もマッチ売りの少女はマッチを売りました。覚えたてのひよこのように覚束ない雪の街頭でぱあと輝く明日を見つけた明るい表情の少女を見れば胸の奥にある凍ったみずうみにマッチのほのかな灯りがともるでしょう。マッチ売りの少女がマッチを売ると春の兆しが見え隠れするようでした。次第に固定客が付き始めやがてマッチ売りの少女はマッチ売りで財を成しました。イノウエがアドバイザーをつとめマッチ売りの少女印のマッチといえば誰もが知るベストセラーとなりました。さてイノウエとはいったいどこの凄腕なのでしょうかと疑問をお抱きになったかもしれませんがそれはおばあさまの過去を紐解かなければなりません。幼いころ両親を亡くし天涯孤独の身となったイノウエに読み書きを教え学校にやったのがおばあさまでした。イノウエには経営の才覚があったので若いうちに事業を起こし立派な富を築いたのですがそのころおばあさまは身を持ち崩し娘の子供であるマッチ売りの少女とどこぞの田舎町へひっそりと身を寄せていました。イノウエがおばあさまの居所を探し当てたときおばあさまの命はすでに燃え尽きようとしていました。いくばくかの短い間にイノウエができたことはおばあさまの側でこれまでのお話を語ってやることだけでした。そしてマッチ売りの少女は任せろと心の底から誓ったのですがマッチ売りの少女は前出の通り頑固な素質があったのでこうして役に立てるまで待ちこのようなということがありました。

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