「ったく、何枚織らせれば気が済むのよ!」
おツルは機織りの手を止めた。眉を寄せ、頬を歪めて、実に不機嫌そうである。というのも、養子にしてくれた老夫妻へのお礼に自慢の羽毛で二反、三反と緞子を織ってあげていたのだが、それらがいずれも高く売れ、「もう一反、もう一反」と求められること数十反。恩義に報いるべく、その要求全てに応えてきたおツルだったが、今やすっかり脱毛し、この先、一反と織れぬ状態に至っていたからである。
「ああ、痒い!」
おツルは斑に覗いている地肌を苛立たしげにつついた。つい三月ほど前までは全身、黄金色にきらめく羽毛に包まれていた。その艶やかな毛で織る金襴は将軍お気に入りの南蛮絨毯を凌ぐ美事さで、早くも三反目にして余生を送るに充分な富を老夫妻にもたらしていた。
にもかかわらず、襖の向こう、囲炉裏端の二人は貧者の性か、小判の山を手にしてからというもの金の亡者と化してしまっていた。やはり、ひとはカネには弱いのだ。物腰は両者とも出会った頃と変わらず田舎者の柔和さだが、時折り番頭連れで買い付けにやって来る女将への態度は地主のそれ以上に卑屈で、実に醜い。それでも彼らが去った後に小判束を抱けば、目一杯買い叩かれているに違いないにもかかわらず、これ以上の幸せはないといった笑顔を見せる。そのくせ、束は庭木の根方に二人してこそこそ埋めるのだから、ケチ極まりない。半月も経つと、またおツルに「織ってくれ」とせがんでくるのがその証拠だ。一体、どれほど織れというのか。骨の髄までしゃぶり尽くして死なすなら、「遺産じゃ」などと言い訳しても、元も子もないではないか。こんな愚昧な農家など、おツルは早々去りたかった。
「おツルや?」
老婆の気遣わしげな声が襖越しに聞こえてきた。
「おツル。きょうで閉じこもって五日目じゃが、大丈夫かい?」
ふん。なにが「大丈夫かい?」よ。心配なのは、わたしじゃなく緞子のほうだろう! おツルは憎々しげに襖を睨んだ。
「腹減ったろ?、おツル」
今度は老夫が言った。
「腹が減っては、戦は出来ぬ。こちらに来て、一緒に食わんか」
「はぁ……」
おツルは溜め息をついた。夕餉の誘いだが、これも、おツルより緞子を案じてのことに違いない。なぜなら、彼らは「見るな」の禁を忠実に守っていたからである。常人なら、とっくに誘惑に負け、覗いているものだ。
が、彼らは決して覗かなかった。お金欲しさに違いなかった。小作農の彼らは貧しさが身にしみているだけに、金の大切さを痛感している。柿の木の根元に小判を埋めるのはそのためだ。住まいも、「にわか成金」と悟られぬよう、元の茅葺きのままである。みみっちいといったらない。