小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

 あたしはおかあさんにビーフジャーキーと一緒に捨てられた。
 笑い話にしてしまったけど、本当は全然笑えなかった。
 笑っているあんたたちは友達じゃないって思いながらいっしょになって笑っていた。
 この話のどこが面白いんだよ、笑えるところなんか全然ない。
 笑いとばさないと泣いちゃうような惨めで哀れな話だもの。
 ビーフジャーキーなんて、本当はきっとお客さんかだれかのおみやげのもらいものだろう。小学生にもなっていない女の子にわざわざビーフジャーキーを買って帰ろうと思うことはないだろうし、あのおかあさんがあたしのためにわざわざそんなものを買うわけもない。
 腐らないし、長持ちするし、栄養があるから。
 たぶんそれは、ずっと後になってあたしが自分で考えた言い訳だ。でも、口に出せばそれが本当のことのような気がした。きっと少しはあたしのことを考えてくれたんだ。うん。ちゃんと考えてくれた。そう思ったら少し安心した。
 ありがとう、おかあさん。
 ひからびた固い手触り、固いうすっぺらな赤黒い板のきれっぱしのような肉は口に含むとじわりとほんの少し柔らかくなり、味が染み出してくる。
「また、智恵理ちゃん、ビーフジャーキー持ってる」
「気持ちわるーい」
「汚い。いつまでそれ持ってるの」
 他の子供たちにさんざん言われていじめられてもあたしはビーフジャーキーを捨てることができなかった。
「食べ物だから、賞味期限があるの」
 そう言って渡すように言ってもあたしは「長持ちする」と言い張って決してそのビーフジャーキーを渡さなかったらしい。らしい、というのは後から施設のおばさんに聞いた話だから。
 あたしの記憶はところどころぼやけてはっきりしていない。栄養失調だったからね、というのもあとから聞いた話だ。
 栄養失調。
 今どき、何だそりゃって感じ。
 自分のことだけれど、聞いた話と自分の記憶がごちゃまぜになっていてどこまでが本当のことなのかよくわからない。ぴんとこない。

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