小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

ツギクルバナー

「七匹の子ヤギの末っ子は時計の中にかくれてぶじでした」
 何度も読み返した絵本の、その部分があたしは一番怖かった。だって子ヤギはにいさんや、ねえさんがオオカミに追いかけられ、捕らえられ、食べてられてしまう気配を感じ、音を聞いていたはずなんだもの。
 震えながら、叫び出しそうになる自分の口をおさえながら、目を見開いたまま動けなくなった末っ子はどんなに長い時間、凍りついていたんだろう。
 あたしは七番目の子ヤギよりはマシ。
 一人っ子だから、兄弟がひどい目に遭うのを見ることもない。
 窓を開けると、アスファルトの道路とコンクリートの塊でできた家ばかりが見えた。森は見当たらない。だからきっとここにはオオカミは来ない。
 ほっとしてあたしは角のすり切れた絵本をカラーボックスの中にしまう。
 オオカミは来ない。
 だから同じようにおかあさんを待っていても、七匹の子ヤギよりあたしはずっと幸せなのだ。

 はっと目を開ける。
「んー?どうした?」
 柔らかい声で、囁かれる。
 大きな手で、頭を撫でられる。
「まだ、朝じゃないよ」
 ううん、と引っ張られて布団の中に押し込められる。
 こつん。
 くっつけられたおでこから、じわんと温かさが広がってあたしはうっとり目を細めた。
 首に回された手のひら。背中に触れる指。
 その体温と優しさに泣きそうになりながら目を閉じると再びうとうと眠くなった。
「ねえ」
 からだをゆすって起こされる。
「俺、バイトに行くよ。ほら、起きて。ひとりで家にいるの、嫌なんだろ?この間、よく寝ていたから起こさずに出かけたらずうっとすねていたもんね」

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