小説

『モモ、傍にいる』木江恭(『桃太郎』)

ツギクルバナー

 暗い部屋で、テレビの画面だけがちかちかと光を放っている。
 ライカは膝の上で突っ伏しているエンの頭を撫でる。さっきまで低く唸りながら愚図っていた弟はとうとう眠気に負けたのか、今は柔らかい鼻をライカの膝小僧に押し付けながら小さく寝言を呟いている。
「小惑星O-NI今週にも地球に急接近」「接触の可能性は二十パーセント」「万が一接触した場合は地表の十五パーセントが陥没し気象にも大きな影響が懸念され」「国連宇宙連盟を中心とした対策協議会が対応を協議し」
 肩に頭を預けてきたきり隣のコトリがぴくりとも動かないので、ライカはそっと首を捻じ曲げて妹の顔を覗き込んだ。コトリは起きていた、大きな黒目を満月のように見開いて画面を見つめていた。滑らかな瞳にカメラのフラッシュの暴力的な光が映りこんでいる。
「迎撃用ミサイルKBDNG完成」「ミサイル搭載用小型宇宙船も奇跡的な急ピッチで完成」「迎撃は非常に困難な任務と推測され」「成功確率は一パーセント未満というのは本当ですか」「副パイロットのナランハ氏は勤務歴も三十年を越え経験豊富なベテランということですが」「主パイロットの経歴は」
 ライカもテレビに視線を戻す。フラッシュを浴びているスーツ姿の中年男性たちの中に、パイロットの制服を着た男が二人混じっている。白髪交じりの口ひげを蓄えた初老の男の横で、その息子ほどの年齢の若い男が厳しい表情で前を見つめている。つるりとした細面に意志の強い目つきと引き結んだ口元、訓練の成果を証明する分厚い体とは裏腹に、何処か少年の面影を残した青年。
「ターロー君は候補者数百人の中から選ばれた若き天才パイロットで」「世界中の期待を一身に背負う若き期待の星にふさわしく」「命の危険が伴うことについては」「まさに現代の救世主と」「今の心境を一言」
 ぱっと急に視界が明るくなって、ライカは顔をしかめて振り返る。
「ライカ、電気くらいつけろ。目が悪くなる」
 今さっき画面の向こうでフラッシュの嵐に晒されていたモモが優しげに笑う。右手でぶらぶらと揺れている白い箱、かすかな甘い香り。
「にいちゃん」
「こらコトリ、大好きなケーキが潰れるぞ」
 コトリに飛びつかれて、モモは慌ててケーキの箱を高く掲げた。同時に目を覚ましたエンが兄の足に素早くタックルを食らわせて、よろけたモモは背中から壁にぶつかった。
「痛ってえ、こらエン」

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