小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 僕は彼女を待っています。
 国道の交差点で昨日出会った彼女を待っています。
 今は午後の六時半過ぎで、まだ空に明るさが残っています。
 とはいえ、九月下旬ともなると真夏の暑さもかなり和らぎ、日照時間も着実と短くなってきました。
 交差点の手前の植込みで待宵草が黄色い花を半分咲かせて、夜を待っています。  
 「待宵草」と以前から知っているかのように言ってしまいましたが、その名前を知ったのは昨日、彼女に教わったからです。
 昨日、僕は信号をぼんやりと眺めていました。
 見るともなしに待宵草が入って来ました。
 何故か、気になって黄色い花を見つめました。
 僕はマンション販売の看板持ちの仕事を終えた帰り道でした。
 ベニアの看板を片手にただ立っているだけの仕事。
 それが仕事と言えるか自分でも分かりませんが、一応、僕の仕事です。
 じっと咲いている花に自分が重なったのです。
 でも、定職に就くこともできず、看板を持つことしかできない僕よりも綺麗に咲いている花の方が余程、世の役に立っているようにも思っていました。
 そこに彼女が声をかけて来たのです。
 「綺麗な花ですよね」
 驚いて顔を上げると見知らぬ女性が僕を見つめていました。
 思わず目を逸らしました。
 「名前、知っていますか?」
 ゆっくりと目を戻しますと彼女が大きな瞳で僕を見つめていました。
 再び僕は目を逸らしてしまいました。
 僕の反応を待つ彼女の肩にかかった髪が風で揺れたのが分かりました。
 今日も看板を片手に突っ立っているだけで、誰とも会話をしませんでしたので、「いいえ」の一言でさえ喉に詰まりました。ですから、首を横に振るのが精一杯でした。

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