レンガ造りの家々が並ぶ大通り。街灯の静かな明かりが照らす石畳は、どこか暖かさと冷たさを含んでいた。道行く人々は、白い息を吐きながら、一様に早足である。
そんな道の片隅で、一人の少女が立ち尽くしていた。彼女の名はアンヌ。申し訳程度の薄い防寒着に身を包み、大量のマッチ箱が入ったカゴを抱えている。路上でマッチを売り、わずかばかりの生活費を稼ぐのが彼女の仕事だった。カゴの様子を見れば、景気の悪さは言うまでもない。
「はぁ……」
目の前を通り過ぎるだけの人々を眺めながら、アンヌは大きなため息をつく。誰にも見向きもされない。声をかけたって同じことだ。アンヌは持っていたカゴを放るように地面へ置くと、空を仰いだ。
「誰がこんなマッチ買うのよ。それに、売れたとしても、はした金にしかならないわ」
毒を吐くアンヌ。そして、やっていられないと言わんばかりに壁に寄りかかると、また大きくため息をもらした。身体ばかりでなく心まで冷えていく気がする。落ち込む気分につられるように視線を落とすと、カゴの中に一箱だけ柄の違うマッチ箱が混ざっていることに気付いた。何気なく手に取って見ると、箱には“魔法のマッチ”とだけ書かれている。それ以外、特に変わった点はなく、アンヌは試しに一本擦ってみることにした。
シュッというお馴染みの音とともに、こぶし大の柔らかな火が上がる。その大きさに一瞬驚いたアンヌだったが、不思議と熱くはなかった。そして、よく見ると、火の中に何かが浮かんで見える。アンヌが目を凝らして覗き込んだ途端、それは徐々にはっきりとしていき、豪勢なご馳走を形作った。
「これ、さっき私が妄想していた料理だわ!」
まさに自分のイメージしていたものが映し出されたことに、アンヌは驚きの声を上げた。試しに違う料理を思い描いてみると、映像もイメージに合わせて変化する。料理以外にしても同じだった。どうやら、はっきりとしたイメージさえあれば、どんなものでも映し出すことができるらしい。要するに、ある程度の強い思い、願望がそこに浮かぶのである。
「すごい。この火の中ではどんな願いでも叶うのね」
しばらくの間、アンヌは思いつくままに一人で遊んでいた。しかし、急にため息をついたかと思うと、もう飽きたのか再び壁に寄りかかり、マッチ箱をカゴに投げ込む。
「はぁ……面白いけど、所詮は幻。腹の足しにもならないわ。それに、欲しがるものをただ見せるだけなんて、かえって残酷よね……」