小説

『魔法のマッチ』長月竜胆(『マッチ売りの少女』)

 花より団子で現実主義なアンヌである。触れることすらできない幻に、いつしか虚しさばかりが募っていた。
 とはいえ、せっかくの魔法のマッチ、このままにしておくには勿体ない。何か良い使い道はないかしら、とアンヌはあれこれ頭を悩ませる。そして、ふいに、
「そうだわ!」
 と声を上げたかと思うと、何かを閃いたらしいアンヌは、カゴを持って意気揚々と大通りに出て行った。それから道の中央に立つと、恥ずかし気もなく大声で叫ぶ。
「レディース、アンド、ジェントルメーン!」
 奇異の目を向ける者もいたがアンヌは気にしない。
「さあさあ、皆様お立ち会い。ただ今から、あっと驚くイリュージョンをお見せします。見事成功しましたなら、どうぞ拍手喝采、そして少しばかりのチップをよろしくお願いします」
 アンヌは大道芸人顔負けの堂々とした態度で言い放った。すると、冷やかしのつもりか、身なりの良い男女が数人寄って来る。こうなればもうこちらのものだ。アンヌには自信があった。何せ、手元には本物の魔法のマッチがあるのだから。
「まずは皆様、ご自身が今一番欲しいと思うものを頭に思い浮かべてください」
 アンヌは集まった観客に促し、大きな身振りで精いっぱい場を盛り上げる。そして、観客の様子をうかがいながら、魔法のマッチをその手に構えると、
「よろしいですか。それでは続いて、この火をよーく見て……」
 と、皆に見せつけるようにしてマッチを擦った。小さなマッチ棒から大きな火が広がり、それと同時に、観客からは一斉に歓声が上がる。
「何ということだ! 火の中に山のような札束が見える!」
「札束? 俺には名画や美術品が見えるぞ!」
「本当だわ。綺麗な宝石が一杯……」
 その盛り上がりに、周囲の通行人も思わず足を止める。遠くから眺めていた人間たちも集まってきて、気付けばアンヌの周りには人だかりができていた。
 アンヌがかざすマッチの火の中に、皆それぞれが自身の願望を映す。
「南の島に豪邸……夢に見ていた景色だわ」
「金銀財宝だ! こいつはすごいぞ」
「おお! 大勢の美女が見える。ハーレムだな」

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