小説

『宇良の亀』木江恭(『浦島太郎』)

ツギクルバナー

 空気の熱で喉が焼けるようだった。
 休日の繁華街は昼間からごった返している。厚化粧の少女、無表情で機械的な動作を繰り返すティッシュ配りのバイト、ヘッドホンをかけた頭を振り回す外国人、ぼんやりと壁にもたれて座っている少年たち。薬局の前で汗だくの店員が声を張り上げて安売りをアピールし、交差点の横でカラフルな髪色の集団がギターをかき鳴らして喉を涸らしている。誰も彼もが夢や希望や欲望を剥き出しにして追いかけている、活気と賑わいに満ちた若者の街。
突然宇良(うら)は猛烈に恥ずかしくなった――この雑踏で、スーツ姿の中年男はさぞかし浮いているに違いない。気が動転していて無意識に一番着慣れた服を選んでしまったのが失敗だった。
 その上この酷暑だ。アスファルトの照り返しに人の熱気も相まって、シャツの背中やわきの下はぐっしょりと濡れている。ほんの十分前に休憩したばかりだというのに早くも喫茶店を探し始めている自分を叱咤して、宇良は若者たちをかき分け足を進める。
 ――早く見つけてやらなければ干からびてしまう。
 こういう時、宇良の好きな刑事ドラマでは都合よく手がかりを持った人物に遭遇したり、いかにもといった風の不審者を見つけたりするのだが、やはり現実はなかなかうまくいくものではない。
 汗でずり落ちる眼鏡を直した拍子に、道の向かい側の狭い路地が目に飛び込んだ。宇良は、もしかしたらあそこに、と思いついて立ち止まる。このくそ暑い日にああいうところで涼みたいと思うのは生き物の本能だろう。
 急いで道を渡ろうとしたその腕を、誰かにぐいと引かれた。
「なあ」
「はい?」
 振り返った宇良は、顔をしかめそうになるのを慌てて愛想笑いに修正する。
 背の低い、小汚い老人だった。この暑さだと言うのに汚れて日に焼けたカーキ色のジャンパーを羽織って、顔は日焼けと埃で赤黒く、つるりと禿げた頭皮や鼻の頭がてらてらと光っている。皺と弛みに埋もれた細い目がじっと宇良を見つめていて、締りのない半開きの唇がかすかに痙攣していた。
「な、なあ、あんた、あんたさあ」
「すみませんが」
 宇良は黒ずんだ指をさりげなく外そうとしたが、老人は手が震えるほど強くシャツの袖口を握りしめて放さない。白い生地が指の形にうっすらと汚れているのに気が付いて宇良は苛立った。

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