小説

『かんからり』太郎吉野(『雪女』)

ツギクルバナー

 青吉は、気分がいい。
 今夜は久しぶりに現金が稼げて、それで酒を飲んだ。
 ねぐらへ向かう坂道も、だから今日は機嫌よくぐんぐんと登れた。
 麓の海港都市から背後の山沿いに、谷間をクネクネと登る街道。歩道のない二車線の国道の、山際の斜面に沿って歩く青吉を、何台もの車がヘッドライトをぎらつかせながら追い越して行って、いつもならその一台一台を呪う言葉をぶつぶつと口の中に呟きながら歩くのだけど、今日は、追い越していく車の一台一台に、「さようなら~~」と手を振っては見送りながら歩いた。
 街道から逸れ、「立入禁止」の札が下がったバリケードをすり抜けて、もう何年も前に閉鎖されたゴルフ場に続く小道に入ったあたりでは、青吉の唇からは歌さえも飛び出していた。
 黒い骸骨みたいな裸木が鬱蒼と頭上にかぶさる小道に、冬の乾いた風がざわわと渡って木々の枝を鳴らし、青吉の歌にかんからからりと合いの手を入れた。

 ほとんど光のない暗闇で、ゴルフ場の道から迷いもせずにいつもの藪に分け入り、ねぐらにたどり着く。
 去年の秋に、食える木の実を探してこの山に入って偶然見つけたのだが、ナンバーの剥ぎ取られたその車が、85年式のグロリアだとすぐにわかったのは、かつて青吉も同じ車を転がしていた時期があったからだ。もっともそれは、青吉の所有物ではなかったのだけど……

 ガラスの破れた後部席の窓を覆ったシートをめくると、その隙間から身体を車内にねじりこみ後部席を這って、リクライニングさせた助手席に久しぶりの酒に酔った身体を横たえた。
 ドアを開くこともできるのだが、ドアから出入りすると、車を隠すように覆った木の枝やら木の葉やらビニールのゴミやら笹やら……を落としてしまう恐れがあるので、いつも後部席の窓から出入りする。

 青吉が見つけたときにはすでに、そのカモフラージュで車は覆われていたのだけど、だから、かなりの時間そこに放置されていたような気配にかかわらず、窓の一枚が割られただけで、ゴミで車内をいっぱいにされることもなく荒らされずにいたのだろう。
 もとより、このあたりは人家もなく、またハイカーが入るような場所でもなく、車が入りづらい道でもあって、めったに人が立ち入ることもなかったのだけど、ここでこの車を見つけた青吉は幸運だった。

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