小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

 起きると、おじいさんはゴミ袋のなかからインクの出にくいボールペンを取り出して手のひらに人形の設計図を描いた。おじいさんはそれから何日もかけて、針金や粘土や接着剤や木材、塗料、工具、その他あれこれの材料を拾ったり盗んだりして揃えた。公園の繁みの奥の、外からは見えにくいところにぼろぼろのビニールで作ったテントに籠って、人形を作った。ほぼすべての工程が終わると、おじいさんはテントを出て、他に人がいないのを確認すると、公園の山型の遊具の上で人形を膝の上に寝かせた。最後におじいさんは瞳を描いた。おそろしいほどよく似ていた。
 おじいさんが作った人形は、顔だけじゃなく背丈もなにもかもがあの男の子にそっくりだった。関節だってちゃんと動くし、口も開く。まばたきだってできる。服を着せて遠目から見れば子どもが生き返ったように見えるだろう。
「そうだ、服だ」おじいさんはつぶやいた。「服をどうにかしないといけない」
 だが、おじいさんは子どもがかつていた家に盗みに入ることはしなかった。試しに人形に自分の黄ばんだ肌着を上から被せてみたが、それだと逆に下半身になにも穿いていないことが強調されてしまったので、おじいさんは肌着を脱がせて、本物の服のような空気感を出すために人形にトイレットペーパーを巻き、その上から服の絵を描いた。おじいさんとはじめて会ったときに子どもが着ていた服だ。事故にあったときにも男の子はその服を着ていたが、おじいさんはそれを知らない。
「あと……帽子か」
 おじいさんは布団代わりにしていたつぎはぎの布を縫い合わせて、配色がおかしなクジラの帽子を作って人形に被せたが、ピンとは立たずにへこたれてしまった。
「うん、うん」おじいさんは人形を見て満足そうにうなずいた。
「名前……名前をつけなきゃなぁ」おじいさんはまだ塗料が半乾きの人形を引きずりながら公園を何周も歩きまわって、一番大きな木の前で足を止めた。
「そうだ」おじいさんは笑った。折り畳まれた皺が、地面に落ちた瞬間のガラスの亀裂のように顔を走った。
「キオ! キオだ。木でできた男の子だから、キオ。きみはキオだよ」
 おじいさんが手を振りながらそういうと、うなずいているかのようにキオの首が揺れた。

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