小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

「やぁ」おじいさんが痰が詰まったような声でいった。男の子はなにもいわない。
「これをね、作ったんだ」
 おじいさんは男の子に砂場の土で作った小さな人形を見せる。子どもの顔に笑みがひらめいた。
「おじいさんは昔、人形を作る仕事をしてたんだ」
「もっと、おっきいのは?」男の子が聞いた。
「作れるとも。木でだって、なんでだって」
 おじいさんは男の子に人形を渡した。離れたところで眺めていた母親が父親になにかいっている。子どもは人形を裏返したり、顔を触れるほどに近づけて見ている。子どもの目が輝いているのを見て、おじいさんがいった。
「作ってみるかい?」
 男の子がうなずいた。
「じゃあ、ママとパパにいっておいで。おじいさんと遊ぶって」
 男の子が首を振った。
「いわないと、ダメだよ」おじいさんの声が少し震える。
 男の子は無言で拒絶した。
「困ったなぁ。じゃあ、こっちきなさい。道具から見せよう」
 おじいさんは繁みに向かい、男の子はその横に並んで歩き出した。
「ちょっと、ちょっとすいません!」
 男の子の父親がふたりに声をかけた。
「あの、うちの子になにしようとしてました?」
「いや、その、えと……」おじいさんは目をきょろきょろさせた。なにかいわないといけない、自分が悪くないということをいわないとまずいことになるのはわかっているが、言葉がうまく出てこない。
 父親はおじいさんがあたふたしているのを見て眉間に皺を寄せた。
「繁みに連れていこうとしてましたよね。大人の目の届かないところに連れていこうとしてましたよね。いいですか。この次に息子になにかしたら、警察に届け出ますからね」
 おじいさんはなにもいえなかった。人形が手を離れて、土の上で破裂した。

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