小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

 男の子が強く首を振る。
 何年も切られていない髪が白い川のように流れているおじいさんは、男の子を無視してひとりで山を作りはじめる。ソールが壊れた、ホームセンターで買ったような靴に砂が入り込んでくる。おじいさんが山を作る様子を、他の子どもたちがじっと見ている。
「ほら、できた。海底火山だ。この砂は海のなかで、きみとわしがいまからトンネルを作る。きみは探検隊の隊長で、そのクジラが楽ちんできるために、トンネルを掘ろうとしている。きみがトンネルを完成させたら、みんながきみに感謝するぞお」
 おじいさんはしゃがんだまま男の子の方へにじみ寄り、手を取ってトンネルを掘らせようとする。おじいさんの手は絞られた布のように皺だらけで、砂の奥の土ほどに色が濃い。
「ほら、ほら」
 黒ずんだ前歯から嫌なにおいが発される。ぎらぎらした目がさらに膨らませながら、おじいさんは男の子の手を火山に突っ込む。
「すいません」
 男の子の母親がおじいさんに声をかけた。母親がおじいさんの束になって飛び出た鼻毛を目で焼き尽くすように睨んでいる。おじいさんは母親から目をそらした。
「ゲン、晩ごはんの買い物にいくわよ」
 母親は男の子の手をひっぱって、連れ去るようにして砂場を離れていく。
「ダメよ。あの人に近づいちゃ」母親がそういうのが、おじいさんにも聞こえているだろうか。
暮れはじめた陽が、おじいさんの土の色の顔に影を垂らす。おじいさんは砂場にしゃがみながら男の子のうしろ姿を見た。男の子が一瞬、振り返るが、母親が男の子の頭を捻じるようにしておじいさんを見させないようにする。風が吹いて、おじいさんの髪と髭と、伸びきった耳毛が揺れる。
 砂場にはおじいさんがいるので、子どもたちは他のところで遊んでいる。おじいさんは砂場にさっきの子どもの絵を描き、固めた砂で小さな人形を作る。空が見えなくなって子どもたちがいなくなると、おじいさんは公園の繁みのうしろからゴミ袋を取り出した。そのなかから布をつぎはぎしたものと新聞紙を取り出し、それを布団代わりにしてベンチの上に寝そべったが、なかなかねむれなかった。まだそんなに夜も更けていない。木のようにそこでじっとしていると、若いカップルが公園にやってきて、おじいさんがいるところから離れたベンチでキスをしたり、男が女の胸を揉んだりしだした。おじいさんはその様子をじっと見ていた。微かに震えていた。

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