小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

ツギクルバナー

「傘屋ってのは、儲かる商売なのかい?」
「まあ、なんとも……。近頃は、新しい店に皆さん行かれるようで。ですから旦那には、何卒うちをご贔屓に――」
 恰幅のいい男は愛想よく笑い、羽織を揺らして去っていった。勘吉はその背中が見えなくなるまで、店先で頭を下げていた。
「一つ、買っていかれましたね」
 店に戻ると、お松が嬉しそうに言った。
「きっと、気に入ってくださいますよ」
「そうだな……」

 江戸は小岩。青山の方から伝わった傘作りがいよいよ盛んになり始めたこの頃。通りには天日に干すために様々な傘が並べられ、品定めするお客たちの姿が多く見られる。そんな中、勘吉の店も同様に賑わい忙しなく働いて――というわけにはいかず、時間を持て余していることが多分にある有様だった。人は目新しい傘屋に集まり、訪れる客は散り散りになっていた。厚紙を張った丈夫な「番傘」も、大蛇の目のような模様が入った「蛇の目傘」も、置かれた場所から一度も動いていない。
 せかせかと働くお松を見れば、着物にいくらか汚れが目立つ。帯にも、前掛けにも。勘吉は仕事をする上で汚れなど気にしてはいられないのだが、女子の身なりに構わないわけにはいかなかった。今年で互いに二十四歳になり、それなりの格好をさせてやりたいと思っている間に月日が経ってしまった。それでも健気に家事をこなす日々の中で、着飾って町を歩く娘を羨むことも、夫に文句を言うことも、お松はしないのだ。その忍耐と優しさに堪らなくなって、
「すまないな、お松」と呟いた時には、
「おまえさんこそ大変じゃあありませんか」と却って励まされる始末だった。
 その日、ついに客は一人しか来ず、日が暮れる前に店を閉めた。
「近頃は雨が降りませんし、時期が悪いのかしら」
 お松は大抵そう言う。時期が悪い、なんてことはない。町人たちは日除けにも傘を使っている。
「そうだな」
 勘吉はいつもと同じ返事をした。

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