はじまりがいつだったのか、それはわからない。
絶えず聞こえる音があった。
大きくゆるやかに響く音、そして小さく速く響く音。
寝ても覚めても暗闇の中に充満するそれは、ぼくのそれと重なりそうで重ならない。
ゆえにぼくは、世界に自他のあることを知った。
まだ何も発することのできないぼくらは、小さな小さな音と音を寄せ合うほかに術を知らない。どこまでもこの無重力の中を、たった一本の命綱を頼りにたゆたう。
それが何であるかはまだ知らない。ただ傍らにあることを知っている。
そして互いの小さな音に、やわらかな、実体のない安堵を覚えるのだ。
共有するものは空間であり、時間であり、闇であり不安であり、互いにとって互いがたったひとつの音だった。途切れることなく続くそれだけが、ぼくらの間の約束だった。
ぼくは、一枚だか二枚だか、仕切りを隔てたその向こうの気配を探る。まだまだぼくらは小さくて、何かに触れることは叶わない。それでもきっと、向こうでも、ぼくを感じているのに違いなかった。
限りなく漠々と流れるここでの時間が、寸分狂わぬ音によって刻まれていく。そしてそれは確かに、ぼくらをこの場所に繋ぎとめているのだ。束縛はすなわち、安らぎだった。
ぼくは眠る。深淵に沈む。
純粋な混沌の夢から醒めると、音がひとつ、消えていた。
ぼくはそれが何であるかを知る前に、その何だかわからない何かを失った。
まだ何も手に入れていないはずのぼくは、喪失を知った。
突然消えたのだろうか。それとも少しずつ、少しずつ弱くなって、そしてついに消えたのだろうか。
ぼくの隣にいた何かは、その時暗闇の中で手を伸ばしただろうか。
ぼくに助けを求めただろうか。
はじまりのわからない空間と時間はぼくだけのものになり、小さく刻む音に縛られなくなったぼくは自由を手に入れた。自由こそすなわち、喪失だった。
ある時ぼくは、どうやらこの世界の終わりを見つける。否、ぼくがいたこの場所はまだ世界などではなく、ぼくは世界未満の何かにしがみついていたに過ぎなかった。
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