小説

『Modernカッサンドラ』縹呉藍(アポロドーシス著『ギリシア神話』)

『占いや、予言を、貴方は信じたことがありますか?
 昔はそういうものが簡単に信じられていた。占星術とか予言、陰陽道とか神託その他時代や地域によって違うけれど、未来を先に知るという事を真剣に信じてた。
 今、現代を見て下さい。
 星座占い、血液型占い、聖書の様々な解釈……占いとか予言とかいうものは存在している。
 でも、それに、中身や重さは存在しているでしょうか?
 商業の中に取り込まれた誰にも、何があっても当て嵌まる様な『面白い』『縁担ぎの』様な占いに、謎めいたテキストをこじ付けの様な形で解釈して「このセンテンスは歴史上のこの事件の予言だったのだ!」という風にした予言にも、人の人生を捻じ曲げ、壊すような力が存在しているでしょうか?
 ギリシア神話の登場人物達に下される神託の様な。
 今、未来を知る様な事は押し並べてただの見世物になっている。見られて面白がられ、そんなものがあっても無くても構わない、まあ、あった方が面白いモノとして。
 では、そんな中で唯一人、『見世物』に、真実と重さを感じていたら、どうでしょう?
 自分にとって、『本当だ』と思われる予知をしてしまう人間は、

 どれほどおかしいものでしょうか?』

 小さい頃の思い出といえば、他の人は何を思い浮かべるのだろう。
 母親に本を読んでもらった記憶だろうか、父親と一緒に公園で遊んだ記憶だろうか、兄弟と喧嘩をした記憶だろうか、家族で旅行した記憶、七五三や、幼稚園や、その他色々な出来事だろうか。
 私はこの一言に尽きる。
「どうして分かったの?」
 例えば、学校に行くとき、天気予報で雨の予報なんかまるで無いのに傘を持って行って、丁度下校の時間帯に激しい通り雨が降ったり、近くのパティスリーであまり売ってないレアな種類のケーキが、私が「ある」と言ったらいつもあったりした。
「だって、わかったもん」
 その質問に、小さい頃、いつもそう答えていた。
 私には『分かった』。自分達が下校するときだけ雨が降ることも、パティスリーにどの種類のケーキがあるのかも。

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