小説

『ザ・ガール・ネクスト・ドア』中村吉郎(『鶴の恩返し』)

 確かに、毎日1万円をもらえると、時々入るライブのギャラだけで生活はまかなえるし、その分、ギターの練習も出来る。ファミリーレストランで、客のワガママを聞いたり、店長に怒鳴られたりすることもない。ケンジは、カリナの言葉に甘えて、アルバイトを辞め、毎日ギターを弾いて過ごした。
 年が明け、ギターのみの日を過ごせば過ごす程、ケンジはカリナのことが気になって来た。そもそも、何の仕事をしているのか?毎日1万円も小遣いをくれる程、本当に余裕があるのか?考えれば考える程、ギターの練習に身が入らない。
 一ヶ月後、ケンジは、意を決して、カリナの後をつけて何の仕事をしているのか確認することにした。カリナが出かけてから、彼女に気がつかれない様に、少し距離を置いて歩くケンジ。
 電車の中では、人混みの中に入るカリナを見失わない様に苦労した。その日、カリナは都心でも一流のホテルの喫茶室に入っていった。ケンジは、ラフな格好で尾行したことを後悔した。この格好でホテルの中に入ると、かえって目立ってしまう。仕方なく、ケンジはホテルの喫茶室には入らず、フロントの前のロビーで待つことにした。やがて、カリナが、白髪の上品な紳士と一緒に喫茶室から出てきた。二人は仲良さそうに連れ立って、そのままホテルが呼んだタクシーに乗って出かけてしまった。
 ケンジの尾行はそこまでだった。何故か動悸が激しくなって来ている。カリナは何をやっているのだ?まさかコールガールの様な仕事をしているのではないだろうか?ケンジは考えたくない想像をせざるを得なかった。
 その夜、ケンジは、カリナが帰るまで部屋の前で待とうと決心した。
 深夜を過ぎてからカリナは帰って来た。部屋の前で待つケンジを見て、驚いた表情をするカリナ。
「カリナさん、やっぱり、これ以上お金はもらえない」
「ケンジくん、いきなりどうしたの?」
「カリナさんが、自分を犠牲にして稼いだお金で、オレがのうのうと暮らす訳には行きません」
「犠牲って、ケンジくん、何か誤解しているんじゃないの?」
「オレ、今日、見てしまったんですよ。カリナさんが、白髪の男性とホテルから出てくるのを」
「ケンジくん、何も聞かないって約束したでしょう」
「あんなことをして稼いだお金なんてもらえません」

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