都心から郊外に向かう十二月の平日の最終電車には、この時間とは思えない程、様々な人種が乗り合わせている。残業を終えて帰路に就くサラリーマンやOL、居酒屋で飲みすぎた忘年会帰りの酔漢、アルバイトを終えた学生など、年の瀬に向けたそれぞれの人生を乗せて、電車はその日最後の走行をする。
ライブハウスでの演奏を終えたケンジは、ギターケースを抱えて最終電車に駆け込んだ。本当は、バンド仲間と一緒にそのまま飲み明かしたかったのだが、まだ駆け出しの若いギタリストである二十四歳のケンジは、ライブのギャラだけで生活が成り立つ程演奏の仕事がある訳でもなく、翌日も朝早くからファミリーレストランでのアルバイトが入っている。ライブ演奏の高揚感が残る中、明日の仕事のことを考えるとケンジは憂鬱になった。先ほどまでのライブの心地よい照明や空間とは打って変わり、車内の明るい照明が乗客たちの疲弊した顔を無慈悲に照らす。混雑の中、ギターケースが邪魔にならない様気を使いながら立つケンジの前には、見るからに不釣り合いなカップルが座っていた。
男性は、年の頃は五十代ぐらい、中肉中背で一見サラリーマン風だが、うっすらとグレーの色が入ったメガネと、高価そうなブレスレットが、堅気の仕事ではない雰囲気をかもし出していた。一方、女性は二十代後半から三十代ぐらい、薄化粧で清楚な雰囲気ではあるものの、OLにしては、昼間の仕事の疲れを残していない上、服装は、オフィスには不向きな華やかさがあった。何を話しているのかよく聞き取れなかったが、主に男性が話すことに女性が無表情に相槌を打っている。
電車は次の駅に停車し、ドアが開いた。男性はこの駅で降りるらしく、立ち上がったが、女性は座ったままだ。おもむろに男性が女性の手を掴み、立ち上がらせた。
「さあ、降りるんだ」
「何をするんですか。私はこのまま帰ります」
「いいじゃないか、付き合えよ」
「やめて下さい!」
ケンジは反射的に男性と女性の間に入り、二人を引き離した。
「嫌がっているじゃないですか。乱暴はやめましょうよ」
「何だ、てめえ」