小説

『待つ』野口武士(『浦島太郎』)

 アコの曇った表情を見た女性は笑って
「そんなんじゃないのよ。ただ、ずうっと昔から世話を焼いてくれるおじいちゃんよ」
と言う。そして、
「あなたは誰と来てるの?」
と尋ねた。
「両親です。あそこにいる」
と指差す。いつの間にか両親とかなり距離が離れてしまっていた。相変わらず娘を放っておいて絶賛イチャイチャ続行中だ。恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「仲いいのね、うらやましい」
と女性は、アコがハッとするほどの声と表情で言った。まるで本当に、心からの羨望を吐露したかのようだった。アコが彼女の横顔を見つめていると、女性はその視線に気づき、
「グアムはいい所ね」
 と、ニッコリ笑って話題を変えた。
「ええ、私グアム初めてなんです。海も綺麗だし、最高」
 さっきの表情は何だったんだろう?と思いながら、アコは答える。まあ、考え過ぎだ、気のせいだろう、とアコは思う事にした。
「お姉さんはグアムは何度も来ているんですか?」
 お姉さんなんて、馴れ馴れしすぎるかな、と心の隅で思いながら、アコは聞いた。女性は特に気にする風でもなく、
「そうね、毎年、この時期になるとここに来るの」
「毎年?」
「そう」
「何でこの時期なんですか?」
 何の気なしに問いかけると、女性はちょっと俯いて、白い砂を手ですくった。
「砂浜ってきれいね。でも潤いがない」
 この人、何か話がかみ合わないかも?と自分で話しかけたにも関わらず、アコは自分勝手に思った。何かいい頃合いを見つけて話を切り上げようか、とアコが思案していると、そんなアコの心を知ってか知らずか、女性はアコの興味をグッとそそるような事を聞いてきた。

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