小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

「うぉい!お前だろ。他所からきた旅人ってやつぁ」
「どうだい調子は。この村はいいだろぉう。いい村だよなぁ」
男の吐く息からはまだ昼間だと言うのにアルコールの匂いがぷんぷんとひどかった。
「食いもん良し。寝床良し。金の回りもイイし、酒もうまい。なあぁ」
 こいつ、まったく面倒だな、かなり酔ってやがる。
どうにか上手くまけないだろうかと考えている僕に構わず男はアルコールを浴びせてくる。
「酒がうまい…、あぁそんで何よりな」
男は一度言葉を止めるとこちらを一瞥し鼻で笑った。
「この村のヤツらは全員バカだ」
突然の発言に意味を測りかねていると、男は親しい人間にするかの様な自然さで僕の肩をぐっと引き寄せる。
「のぉお前はどうだ、どっち側なんだぃ」
アルコールに混じり男の粘りとした唾液の臭いが鼻をかすめ、耐えきれずに男の手を振り払う。
「ちょっと、何の事ですか」
すると男は思い切り体勢を崩し後ろへと倒れこんだ。
「うぅ〜いってぇーあぁ〜足が!足が痛ぇよ」
「すみません!そんな強くしたつもりじゃ」
 腫れてはいないが打ち所が悪かったのか、酒でオーバーなだけなのか。
急いで足を抱えうずくまる男に駆け寄り足の状態を観察していると、男は猫なで声でヨウの耳元に囁いた。
「お前さんよぉ、ちょいと金を貸してくれないか」
驚き男の顔を正面から覗き込む。
「この足じゃよぉ、仕事になんねえもん。ちょいとでいいんだ」
 上目遣いにそう言うと男はぺろりと自分の唇を舐めた。
 その瞬間、もの凄い勢いで耳の後ろを血が駆け上がる音が聞こえた。
「ふざけるな。たいしたケガでも無いのに金を払えだと?バカにするな。そんな狂言に付き合ってられるか!」
 男はその言葉に肩をピクリと震わせ、前のめりに睨みつける。

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